2025年
5月号

【スペシャルインタビュー】俳優 井之脇 海さん

カテゴリ:文化・芸術・音楽

新たな舞台に挑む〝若き実力派〟映画もドラマも出演続行

俳優 井之脇 海さん

現在放送中のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」をはじめ、人気ドラマや話題の映画などに出演が相次ぐ〝旬〟の俳優、井之脇海が5月、新たな舞台に挑む。タイトルは『リプリー、あいにくの宇宙ね』。人気劇団『ヨーロッパ企画』主宰の上田誠が脚本、演出を手掛けるオリジナル・ストーリー。〝上田組初出演〟となる井之脇は、「昔から上田さん脚本の映画などは好きでよく見ていたので、どんな舞台になるのか、今からとても楽しみです」と意欲を見せる。

俳優21年目に臨む覚悟

『リプリー、あいにくの宇宙ね』は〝ニッポン放送×上田誠〟の舞台企画の第5弾として5月4日に東京で開幕。6月3日の高知公演を経て、6月6日から大阪公演へと続くロングランの公演だ。
東京、高知、大阪で計30回公演という長丁場。だが井之脇は「たとえ、同じ脚本、演出であっても、舞台の上で起こることは毎回違うものなんです。でも、それが舞台の新鮮さで」と語り始めると、こう続けた。
「俳優みんなの演技も毎回違うし、見てもらうお客さんも毎回違いますし…。舞台はお客さんに見てもらって初めて成立する。そこが難しさではありますが、それこそが舞台の魅力でもあります」と。
〝これが正解〟というものは舞台にはない―。今年11月に30歳を迎える若き実力派俳優は、「毎回、舞台の中で新しいものをお客さんにお見せしていければ」と貪欲に演技を突き詰めようとしていた。
9歳で『劇団ひまわり』に入団し、俳優デビュー以来、昨年、芸歴20周年を迎えた。
「キャリア20年というと、会社員でたとえたら、もう中堅社員ですね」と問うと、「キャリア20年と言っても僕の場合、同じひとつの会社にずっといるのではなく、〝転職〟を繰り返しているようなもの。俳優として演じる作品は毎回、違うので〝職場〟はいつも変わるし、共演者やスタッフも毎回、変わりますからね」。実力派と呼ばれて久しいが、決してキャリアに奢ることなく、謙虚に、かつストイックに語る。

舞台に立つ思い

取材時、「全員そろっての稽古はこれからです。上田さんの脚本ですが、実は、まだ全体の7割ほどしか完成していないんですよ。でも、そんなことは舞台ではよくあることですから。直前に差し替えられることも珍しくないです」と苦笑しながら、新作の内容について説明してくれた。
近未来の宇宙船が舞台。世界で大ヒットしたハリウッドのSF大作『エイリアン』に代表されるような、宇宙船内の密室空間で、ワンシチュエーションのスペース・オペラが展開するという。
あるミッションのため、宇宙船に乗り合わせた11人。井之脇は航海士役を、アイドルグループ『乃木坂46』元メンバーの女優、伊藤万理華が副航海士役を演じる。
タイトルにもある〝リプリー〟といえば映画『エイリアン』で、シガニー・ウィーバーが演じたヒロインの名前。だが、「実はリプリーは出てこないんです」と笑った。
これまでの上田作品の舞台といえば、俳優たちの息つく暇もないマシンガンのような長ゼリフが特長だが?
「もちろん、想像通り、脚本に書かれたセリフの量は膨大です。しかも、宇宙船といっても、大きな一つの部屋だけが舞台となっていて、登場人物全員が、ほぼ出ずっぱりなんです。でも11人いるからセリフが多くても助け合えるかな…」
この20年間で踏んできた場数、培った経験は半端ではない。そんな覚悟のうえでの余裕の笑みを浮かべた。
「宇宙用語を口にする機会なんて滅多にないから、たくさん話したい」
ビジュアル撮影の際にそう上田に伝えると、脚本の中に書かれる専門用語のセリフが膨大な量になったという。
上田から航海士役に抜擢され、「何で僕が?」と、その理由を尋ねてみた。
「あまり具体的な理由は答えてくれませんが、僕のこれまでの出演作品を見て選んでくれたようです」

どんな役にも挑みたい

2008年、黒沢清監督がメガホンを執り東京都内で暮らす一家を描いた『トウキョウソナタ』。その次男役を演じ、12歳で、映画誌『キネマ旬報』の新人男優賞に選ばれ、一躍注目された。
まだ、小学生だったが、撮影時、共演者たちから「大学は出ておいた方がいいよ」とアドバイスされ、忙しい俳優業と学業との両立を決意し、日本大学芸術学部で学んだ。
「芸能コースのある中学で学んだら」。こうアドバイスしてくれたのは俳優仲間の神木隆之介で、同じ中学校への進学を決めている。
共演者はもちろん、舞台やドラマの演出家、映画監督から絶大な信頼を寄せられ、演技力を磨いてきた。
昨年、舞台デビュー20年の節目に初めて二人芝居にも挑んだ。
「公演中、舞台上と観客席の間には境がありますが、公演が終わったカーテンコールのとき、この境目がなくなり、舞台と観客席がひとつになるんです。この瞬間がたまらない魅力です」
舞台には何物にも代えがたい、こんな独特の魅力があると言い、映画やドラマに引っ張りだこだが、「1年に1本は舞台に出続けたい」とも。
大学時代に監督、脚本、出演した自主製作の短編作品はカンヌ映画祭にも出品された。
現在、ファッション誌で世界の映画監督との対談の連載企画を持ち、「ダルデンヌ兄弟(仏)や、イ・チャンドン監督(韓国)、先日はジャック・オールディアール監督(仏)と対談してきました」とうれしそうに話す。
2021年には、アルチュール・アラリ監督(仏)に抜擢され、映画『ONODA 一万夜を越えて』に出演。戦後29年間、フィリピンのルバング島に残り〝戦い続けた〟日本陸軍兵、小野田寛郎と行動を共にした若き陸軍兵を演じた。
このときの撮影秘話を教えてくれた。
「(撮影地の)カンボジアで、あばら骨がみえるぐらい減量したのですが、監督から、そこまで減量しなくていいと言われて…。そのままでは撮れないと、ランニングシャツを着せられました」と苦笑しながら振り返った。
役作りに懸ける日本俳優の情熱、真摯さに、アラリ監督は驚きと敬意を表したという。
舞台に映画にドラマ…。出演依頼は絶えず、超多忙な生活は続くが、「忙しくて構いません。演じたいと思った役はどんどんやってみたい。休みたいとは思わないので…」
俳優という仕事への滾る思いをセーブするつもりはない。柔和な笑顔の瞳の奥に、そう語る熱い闘志が宿っていた。

井之脇 海(いのわき かい)

1995年11月24日生まれ。神奈川県出身。2007年、映画『夕凪の街 桜の国』で俳優デビュー。翌年公開した映画『トウキョウソナタ』で、第82回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞などを受賞。近年の主な出演作は『義母と娘のブルース』シリーズ、NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』、映画『猫は逃げた』、『バジーノイズ』、『ピアニストを待ちながら』、ドラマ『9ボーダー』(TBS系)、『ブラック・ジャック』(テレビ朝日系)、『晩餐ブルース』(テレビ東京)など。現在、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』に出演中。
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『リプリー、あいにくの宇宙ね』
大阪公演:2025年6月6日(金)~6月8日(日)
会場:森ノ宮ピロティホール 
脚本・演出:上田 誠(ヨーロッパ企画)
キャスト:伊藤万理華 井之脇 海 シシド・カフカ 
石田剛太(ヨーロッパ企画) 中川晴樹(ヨーロッパ企画)
金丸慎太郎(ヨーロッパ企画) 野口かおる
浦井のりひろ(男性ブランコ) 平井まさあき(男性ブランコ)
槙尾ユウスケ(かもめんたる) 岩崎う大(かもめんたる)
制作:加藤恵梨花 辻村実央 新井莉音
制作協力:プラグマックス&エンタテインメント
ヨーロッパ企画/オポス
企画・制作:ニッポン放送

公式ホームページ

(文=戸津井康之)

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