5月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第35回〜
〜第35回〜「特殊相対性理論」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、
人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。
謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。
さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
前回は、アインシュタインの経歴についてお話ししました。彼は「奇跡の年」と呼ばれる一九〇五年に四つの論文を発表しましたが、その中のひとつが、彼の代表作とも言える「特殊相対性理論」です。今回は、これがどんな理論なのかについてお話ししましょう。
アインシュタインは、まず、重力が働かない(あるいは無視できる)特殊で理想的な条件下での理論を構築しました。物事というのは、単純なものから始めて、少しずつ条件を加えていったほうが、うまく考えられるのです。彼が特殊相対性理論を導き出すにあたって基礎に据えたのは、二つの原理でした。
ひとつは、相対性原理です。これは、「力学法則はどの慣性系においても同じ形で成立する」というものです。慣性系というのは、外部から力がかからない空間だと思ってください。つまり、重力も働かない空間です。力が働かないので、物体は慣性の法則にしたがって、等速度運動をします。
もうひとつは、光速度不変の原理です。これは、「真空中の光の速さは光源の運動状態に無関係に一定である」というものです。前回お話しした通り、これは観測事実です。
この二つをもとにするとなにが起こるのか、まずは時間について考えてみましょう。
切りのよい数字を扱うために、とても長い巨大な宇宙船を考えます。長さなんと一五万キロメーター! 光が一秒間に進む距離の半分です。この宇宙船の中と外にそれぞれ観測者がいます。最初、この宇宙船は止まっているとします(図の左)。宇宙船内の観測者は宇宙船の最後尾にいて、最前部にある鏡を見ています。鏡を見るという行為は、自分の身体から出た光が鏡のほうに飛んでいって、鏡で反射して戻ってきて、自分の眼に入ることです。図では、時系列順に、上から並べています。まず、時刻〇・〇秒で、自分から光が出ます(左上)。その光が鏡に届くのは〇・五秒後です(左中)。そして、鏡で反射した光が観測者のところに戻ってくるのにさらに〇・五秒かかるので、観測者が自分の姿を見るのは、一・〇秒後です(左下)。鏡を見るのにこんなに時間がかかるのですね、巨大な宇宙船だと。
つぎに、この宇宙船を、光の半分の速度、つまり秒速一五万キロメーターで動かします(図の右)。まず、自分から光が出る時刻を同じ〇・〇秒とします(右の一番上)。そこから〇・五秒経って、光が一五万キロメーター飛んでも、鏡のほうも七・五万キロメーター動いてしまっていますから、まだ光は鏡に届いていません(右の二)。一・〇秒経って、ようやく光は鏡に届きます(右の三)。そこから光は鏡で反射して宇宙船内の観測者のところに戻ってくるのですが、それがいつなのかの計算は僕のほうでしておきます。それは一・一五秒後です(右の四)。
以上のできごとは、宇宙船の外の観測者から見れば実に自然なことなのですが、このままだと、宇宙船の中の観測者から見るとおかしなことが起こっています。というのは、自分の姿が見えるまでの時間が、宇宙船が止まっているときは一・〇秒なのに、動いているときは一・一五秒後になってしまっているからです。この宇宙船は同じ速度で動いているので、慣性系です。したがって、相対性原理により「力学法則はどの慣性系においても同じ形で成立」しなければなりません。そして、光速度不変の原理により「真空中の光の速さは光源の運動状態に無関係に一定で」なければなりません。この二つの原理が絶対だとすると、宇宙船の速度にかかわらず、一・〇秒後に自分の姿が見えなければならないのです。
この問題をどう考えるか。答えはひとつしかありません。宇宙船の外の観測者が一・一五秒間で起こったと考えていた現象が、宇宙船の中の観測者にとっては一・〇秒の間に起こっていた、ということです。つまり、宇宙船の中と外で、時間の進み方が違う、と考えるしかありません。宇宙船の中では、時間は、一・一五倍遅く進んでいる、言い換えれば、その逆数の〇・八七倍の進み方になっているのです!
この宇宙船の速度を、光速度の半分だけではなく、いろんな速度に変えて計算したものが、グラフになります。横軸が移動速度(光の速度の何倍か)、縦軸が時間の進み方(静止しているときの何倍か)です。光の速度の九割の速度で動けば、時間の進み方は四割ちょっとになり、光の速度で動けば、なんと時間は止まってしまうのです!
時間の進み方が不変だと考えていると、これはなかなかに衝撃的な結果です。しかし、光速度が不変だと考えると、時間のほうを変えるしかなくなるのです。特殊相対性理論が画期的な理論であったことがよくわかるでしょう。
次回は、これが本当なのかという検証と、これによってなにが起こるのかを考えてみます。



PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












