5月号

神戸で始まって 神戸で終る 71 ~横尾忠則流、三つの教訓~
「人生は自分の手で掴み取れ」
「努力の先に栄光はある」
「がむしゃらにがんばれ」
まわりからそう言われ続けたがそうはできなかったと、編集の田中さんは嘆きます。田中さんでなくても、誰しもその通りにならない時には頭を抱えてしまいます。
そんな時、僕は一体どう対処してきたのだろう。
僕は子どもの時から、お手上げ状態になることが結構多かったように思います。自分には、前向きに生きていこうという気持ちがそんなに強くはなく、不得意なものに接するとすぐに引っ込み思案になってしまうところがありました。この性格は大人になっても基本的に変わらなかったと思います。
しかし、僕が職業として飛び込んだグラフィックデザインの世界は、一種の競争社会で、自分の周辺はすべてライバルと考えるような環境でした。もともとデザイナーを志望していたわけではなく、自分の趣味を全うできればそれで十分と考える、そんなに意欲的というか野心に満ちていたわけではないので、せいぜい自分を取り巻く小さい環境の中で、それなりに認められればそれでいいぐらいに軽く考えていたように思います。
それよりも人から親しまれ、愛される存在になれればいい。それ以上の名誉や地位などには、それほどの野心や野望はなかったように思うのです。
デザイナーという専門職に就くために、専門学校に行くほどのプロ意識もなかったわけで、まぁ、好きなことができれば、独学でやれる範囲で趣味が全うできればいいというのが目的といえば目的だったんでしょうね。
だから、
「人生は自分の手で掴み取れ」
というような野心はなかったように思います。
また、
「努力の先に栄光はある」
なんていうほどの熱意などなく、ただ好きなことには、寝食を忘れ、三昧気分になれたように思います。それは努力という概念ではなく、ただ夢中でそのことに没頭するというだけで、そのことが社会にどう貢献するかなんて考えたことがありません。
そのために、
「がむしゃらにがんばる」
なんてことは、僕にとっては意味のないことでした。そういう意味では、僕のやってきたことは意味のないことばかりだったように思います。
デザイナーが作る作品は、確かに、それが社会的な意味をもつものかもしれませんが、やっているときは、そこに社会的意味など全くありません。それを考えると、自分のやっていることに束縛されてしまいます。そういう意味では、徹底したわがまま主義であったと思います。誰かに認めてもらおうとする気持ちはゼロに等しく、自分のやりたいことのみに徹底することに意味があったのです。
「人のことなど知るもんか」
という考えは、今も昔も同じです。自己満足できれば、それが結果として社会に貢献するぐらいに考えています。
僕の性格は、必要以上に物事に執着せずに、できないこと、わからないことはそのまま放っておきます。それは仕事に限らず、人間関係に於いても変わらないように思います。こちらから積極的に相手に行動を起こすというよりは、相手の行動に対応して、それにまかせた生き方です。つまり、運命に対して、受動的に対応しています。最初の三つの教訓のように、能動的に行動するよりは、相手に従う生き方を肯定していたのです。
意欲は、時には自分を混乱させ、破壊してしまうように思います。まぁ、いえば欲望のコントロールというか、欲望とはほどほどに付き合うのがいいのではないでしょうか。欲望は、時には自由を束縛します。常に自由でいられる状態が最も理想的なので、冒頭の三つの教訓は、ストレスになりかねません。いい意味で、いい加減さが必要なのです。いわゆるお風呂の「いい湯かげん」の「湯」の状態です。そのためには、あまり考えすぎないこと。考えれば考えるほど、理屈っぽくなって、常に意味や目的や結果ばかりを考えてしまいます。
僕なりに冒頭の三つの教訓を考えてみました。
「人生は他人(運命)まかせ」
「努力を捨てたところに自然にやってくるのが幸せです~努力をしない努力です~」
「がむしゃらにやることは欲望に対する執着を増大させ、苦の原因になる」
僕がいろんなことができたのは、僕に関わった運命に従ったためではないかと思います。運命がすべて僕の好みの運命にコントロールしてくれました。もし自分が運命をコントロールするなら、大変な努力を必要としたと思います。そしてその結果が喜ばしいものになったかどうかは疑問です。
エラクなることをむしろ捨てた方が、結果、気がつけばエラクなっているのかもしれません。とにかく欲望に対する執着が人生を狂わすような気がします。

《タマ、帰っておいで 080 アトリエにて》
2019年 横尾忠則現代美術館蔵

《三人の愚者》
2021年 横尾忠則現代美術館蔵

《スコタイの夢》
2001年 横尾忠則現代美術館蔵

《メランコリー II》
2003年 横尾忠則現代美術館蔵

撮影:横浪 修
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。
横尾忠則現代美術館では
『大横尾辞苑』展、開催中!(5/6まで)
5/23より『連画の河』展を開催します!












