6月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第36回〜
〜第36回〜「時間が遅れると何が起こるのか」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、
人間の存在を解明する――― 日本の誇りをかけて、
その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。
謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。
さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
前回は、時間の進み方は不変ではなく、速度が大きいほど時間が遅れていく、という話をしました。これは本当でしょうか。そして、それによってどんなことが起こるのでしょうか。今回はそういうお話しをしましょう。
理論はそのままでは「言いたい放題」で、実験によって証明されてはじめて意味をなす、というのは、この連載でもお話ししてきた通りです。特殊相対性理論も(そして後日お話しする一般相対性理論も)、それが本当に正しいのかということを、実験によって検証されてきました。時間の遅れにかんする検証は、有名なものでは、一九七一年に行われた、ハーフェレ・キーティングの実験があります。ハーフェレとキーティングという二人の物理学者がしたことは、移動する物体に時計を持ち込んで実測する、という単純なものです。しかし単純であっても気をつけないといけないことはあります。当時は、というより今も、人間が乗り込む乗り物で、光の速度に近いような高速なものはありませんから、その分、ほんの少しの時間の遅れでも測定できるような、きわめて正確な時計を使いました。それは原子時計と呼ばれるものです。これを航空機に積んで地球を一周するのです。実際には、西回りと東回り、一周ずつ回りました。時計も、個体差がないよう、それぞれに二台ずつ積みました。それによって計測された「時間の遅れ」は、一〇〇〇万分の一秒の桁というわずかなものでしたが、特殊相対性理論から予測された量と一致していました。実は「地球を一周する」という動きは、直線運動ではなく(地球が丸いため)、地球の重力も受けているので、完全に特殊相対性理論の言う「力がかかっていない」という条件ではないのです。しかし、それらの影響を計算して補正し、純粋に特殊相対性理論による時間の遅れの分を抽出しました。それが完全に理論値と一致していたのです。やはり特殊相対性理論は正しく、時間は遅くなることが証明されました。
人間が乗るものは現時点では光よりもずいぶん遅いのですが、そうでなければ、光の速度近くにすることができます。それは、この連載の最初のほうにも出てきた、加速器です。粒子であれば、光の速度近くにまで加速できます。粒子は、電子や陽子のようなものはきわめて安定でその寿命は宇宙の年齢より長いのですが、粒子によっては、短時間で崩壊してしまうものもあります。みなさんも、放射性物質の半減期なるものは耳にしたことがあるでしょう。この寿命は粒子の種類によって決まっているのですが、加速器で加速すると、その寿命が延びていくのです。そしてその延び方は、速度から「時間の遅れ」として計算した値とぴったり一致しています。これはわざわざ特殊相対性理論の検証のために実験しなくとも、われわれのところのような加速器施設では日常的に観測されていることです。ですから、われわれ物理学者にとって、「時間の遅れ」はあたりまえの現象なのです。
人間の乗り物は、今はとても遅くて、そのために「時間の遅れ」を実感することはありませんが、遠い未来に、光の速度に近い乗り物が開発されれば、それが実感できるようになるかも知れません。もしそうなれば、そのような乗り物、たとえば宇宙船に乗って、何年間も宇宙を旅して、地球に戻ってきたら、その乗員たちの時間は遅く進んでいたわけですから、乗員が経験した時間と、その間地球にいた人たちが経験した時間には大きな開きができてしまいます。乗員が数年しか経っていないと思い込んでいても、地球ではそれよりはるかに長い時間が経っていることになります。これは、要するに、乗員は未来に行ったことになるのです。そう、未来行きのタイム・マシーンはつくれるのです!実はこれをもとにしたフィクション作品はすでにずっと前から存在しています。おそらくみなさんもごぞんじであろう、『猿の惑星』です。宇宙船がある星に辿り着いて、そこは猿が人間を支配する星だったが、実はそこは未来の地球だった、という話です。この作品の映画版のラスト・シーン、主人公が朽ち果てた自由の女神像を見つけることでそれを理解する場面は、映画史に残る名場面です。
実はそれよりはるか昔から、日本では、同様の話が語り継がれていました。それは『浦島太郎』です。彼は亀の背中に乗って竜宮城に行き、帰ってくると、故郷は自分が経験したよりもはるかに時間が経っていた、というものです。これは要するに、亀の速度が、きわめて高速であったことを意味します。そして、このような「時間の遅れ」を、物理学者は俗に「浦島効果」と呼んでいます。
このように、たんに高速で移動するだけで、人は未来に行くことができます。未来行きのタイム・マシーンはつくれます。しかし、時間は遅れるだけで進めることはできないので、このタイム・マシーンは片道切符です。過去に行くタイム・マシーンはつくれないのです。
PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












