8月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第38回〜
〜第38回〜「等価原理」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、
人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、
その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。
謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。
さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
第34回から第37回まで、特殊相対性理論についてお話ししてきました。それが「特殊」であるのは、「重力が働かない場合」という条件つきだからです。物理学では、複雑な状況を考えるのに、まず、このようにある条件の下の単純な状態で考え、それからひとつずつ要素を加えていって現実に近づけていくものです。相対性理論も、まず重力が働かない場合で考えておいてから、それに重力を加えて、現実に合った状態にしていったのです。
重力を加えて一般相対性理論を構築するにあたって、アインシュタインは、「等価原理」という考え方を導入しました。これはどういうものでしょうか。
たとえばみなさんは国際宇宙ステーションの中などの映像をご覧になられたことはありますでしょうか。その映像では、固定されていないあらゆるものが浮かんでいるように見えて、まるで重力など感じさせないほどです。「無重力状態」などと言われたりします。しかし地球からの重力は確実にかかっています。それではなぜ落ちてこないのかというと、落ちないように必死で運動しているからだ、ということは、この連載の第11回でお話しした通りです。国際宇宙ステーションは秒速七・七キロメーターという速度で飛行していますから、逆に重力が働かないと宇宙の彼方に飛んでいってしまいます。そうならないよう、地球からの重力がつなぎとめているのです。では映像ではそんな風に見えないのはなぜかというと、カメラも一緒に動いているからです。カメラとそれが映し出す宇宙ステーション内とが一緒に動いていると、止まっているかのように見えるのですね。中にいる人は、床と壁と一緒に動いていますから、いつまで経っても床に「落下」しないのです。たとえば、あまり考えたくありませんが、エレヴェイターに乗っているときに、そのワイヤーが切れて、エレヴェイターの箱ごと一緒に落下してしまうと、中の人的には、エレヴェイターの床に対しては「落下」しないことになります。あっという間に悲劇の結末が来ると思いますが。
では、力のつりあい的にはどうでしょうか。実は、宇宙ステーション内で力がつりあっている必要はまったくありません。なぜなら、衛星軌道に乗って円運動しているのですから、これは慣性の法則が適用される「等速度運動」ではないからです。重力だけが一方的にかかっている、ということでなんら構わないのです。
でも、それだとやはり感覚的には気持ち悪いですよね。一方的に重力がかかっているのに、カメラでは「落下」しているように見えないのですから。そこで、「カメラ視線」あるいは「中の人視線」でものごとを考えるために、「慣性力」なるものが導入されます。衛星軌道に乗るために円運動することで、「慣性力」の一種である「遠心力」がかかる、と考えるのです。この「遠心力」と重力がつりあうことで、宇宙ステーションの中の人はあたかもどこにも引っ張られずに宙に浮いているように見えるわけです。この「慣性力」は、「カメラ視線」を説明するために導入した疑似的な力ですが、中の人には実際にかかっているかのように感じられます。読者のみなさんで宇宙ステーションに行ったことがある人は稀でしょうが、ジェット・コースターに乗ったことがある人は多いことでしょう。コースターが激しく運動しているとき、乗っている人には運動に合わせてさまざまな力がかかっているかのように感じられます。実際にかかっている力は重力だけなのに。
このような「慣性力」を、実際の力と同じだと扱ってよい、あるいはもっと言うと、宇宙ステーションの中や、落下するエレヴェイターの中といった、小さく限られた空間では(物理学的表現だと「局所的には」)、「無重力」が成立していると考えてもよい、とするのが、等価原理なのです。
ところでこの「慣性力」は、それがかかる物体の質量に比例します。これを表わしたものが、ニュートンの運動の第二法則である「運動方程式」です。このときの質量を、とくに、「慣性質量」と言います。この「慣性質量」は「動きにくさ」を表わしたもので、第17回でお話ししたものと同じです。一方、重力も、その相手がたとえば地球のように決まっていれば、物体の質量に比例します。このときの質量を「重力質量」と言います。「等価原理」の本質は、この「慣性質量」と「重力質量」が、同じものであるとしたことなのです。「重力なんやから同じで当然やろ」と思われるかもしれませんが、「動きにくさ」という運動の話から導いた物理量と、重力という自然界に存在する力から導いた物理量とが一致するのは、必ずしも当然とも言えなかったのです。それを等価であるとしたところが、一般相対性理論の開始地点となっています。
これを開始地点としてアインシュタインが構築した一般相対性理論の最大の特徴は、重力を「空間の歪み」と表現したことです。ある質量(あるいはエネルギー)と、それがつくり出す「空間の歪み」を表わしたものが、本連載第11回でお話しした「アインシュタイン方程式」です。
次回は、この考え方が、従来の「ニュートン式」の重力の考え方とどう違うのか、についてお話ししましょう。

PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












