9月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第39回〜
〜第39回〜「重力レンズ効果」
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する―― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。
謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。
さあ、授業のはじまりです!
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。
今回は、アインシュタインの一般相対性理論における重力が、それまで確立されていたニュートン力学における重力と、どのように異なるのか、をお話しします。
ニュートンが考えたのは、質量のある二つの物体の間には、それらの質量に比例した重力が働くため、二つの物体は互いに引き合う、というものでした。たとえば太陽と地球を考えると、その両者の間に引き合う力が働くため、地球は太陽のほうに引き寄せられ、地球の速度とうまくつりあうところで周回運動をします。これがニュートン力学の解釈です。
いっぽう、一般相対性理論の解釈では、ある質量(あるいはエネルギー)は、空間を歪めてしまう、というものです。空間は、それまで考えられてきたような、変形しない強固なものではなく、たとえばトランポリンの表面のように、なにかを載せるとその質量で歪んでしまう、というのです。トランポリンの表面は二次元で、われわれが生きる空間は三次元ですが、三次元の歪みはイメージしにくいので、以下、二次元で考えていきます。トランポリンの上に太陽を載せると、熱さで溶けてしまわなければ、その重みでトランポリンは凹みます。ここに地球が近づくと、速度が小さければ凹みの中心(太陽)に向かって落ちていってしまいますが、あるていどの速度を持っていると、その凹みの周囲を回りだします。これが一般相対性理論の解釈です。この話は、第18回で、宇宙の平坦性問題のところでも紹介しました。
それでは、どちらの解釈が正しいのでしょうか。「正しい」というのは、実際の自然現象をうまく説明できる、ということを意味します。であれば、実際に自然現象を観測してみれば、どちらが正しいかわかるはずです。身近にあるものや、地球の動きなどは、どちらでもうまく説明できます。でなければ、ニュートン力学が何世紀にもわたって君臨していませんし、逆にアインシュタインは自然現象を説明できないような理論を発表したりしません。そもそもどちらとも、自然現象をうまく説明するために、それぞれの理論を構築したのですから。
ここで、両者で決定的に違う動きをするものがあります。それは、質量がないものです。ニュートン力学では、重力は質量があるものに働くのですから、質量のないものは影響を受けません。いっぽう、一般相対性理論では、空間そのものが歪んでいるのですから、質量のないものでも影響を受けます。質量のないもので身近なものと言えば、そう、光です。たとえば光が質量のあるものの横を通るとき、ニュートン力学が正しければ光はなんら影響を受けずにまっすぐ進みますが、一般相対性理論が正しければ、空間が歪んでいますので、質量のない光もその影響を受けて、歪んだ空間に沿って進み、進路が曲がってしまうのです。これを重力レンズ効果と言います。重力レンズについては、第24回でお話ししました。そこでも出てきましたように、現代では、この光の進路の曲がり具合を測定することで、空間の歪みを測定し、そこから遠い天体の質量を計算するのですから、結論から言えば一般相対性理論のほうがより現実の自然現象をうまく説明できていることになります。
この重力レンズ効果を、人類で初めて観測した人がいます。それが、イングランドの天文学者、サー・アーサー=スタンレイ=エディントンです。彼がそれを観測したのは、一九一九年五月二九日、アインシュタインが一般相対性理論を完成させてからわずか三年後のことです。
空間がトランポリンのように変形するものだとしても、実は意外に硬めのトランポリンで、かなりの大質量でないとその歪みに気づかないものです。それゆえ、ニュートン力学はそれまでとてもよく自然現象に合っていたのです。エディントンは、空間を歪ませる大質量の物体として、当時容易に観測できるもっとも大きなものを使うことにしました。太陽です。太陽の横を通る星の光を観測することで、その星が太陽とは離れた位置にあるときの経路に比べて、どれくらい曲がっているかを測定したのです。しかし、みなさんは、太陽の横にある星なんて、見れないですよね。太陽は直接目視すると失明するくらいに明るいからです。そこでエディントンは、アフリカ西海岸沖のプリンシペ島にまで遠征し、この日に起きる日食を利用して、太陽の横を通るヒアデス星団の中の恒星からの光を観測しました。このときの光は実際に曲がっていました。
ここで、慎重な方で、かつ、この連載をよく読んでくださっている方だと、「光に質量がないと言っても、エネルギーはあるのだから、第37回(特殊相対性理論)のように、それを質量に換算できるのでは? その換算した質量と太陽とが引き合うと考えれば、ニュートン力学でも正しいと言えるのでは?」と考えるかもしれません。エディントンも慎重でした。その場合の換算を行い、ニュートン力学にあてはめて、計算してみたのです。しかし、観測された曲がり量は、その換算から計算した量の二倍あったのです。やはりニュートン力学では説明できず、空間は一般相対性理論が示すように歪んでいたのです。
空間がトランポリンのように変形するものであるかどうかについて、実は、もうひとつ確かめる方法があります。それについては、次回お話しすることとしましょう。

PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












