9月号
映画『平行と垂直』 監督インタビュー
〈STORY〉
ASD(⾃閉スペクトラム症)の大貴(安田章大)と、兄を幼い頃から⽀えてきた妹の希(のん)。兄妹は幼い頃に⺟親を亡くし、ネグレクト気味の父親から距離を置き、二人で懸命に⽣きてきた。⼤貴はほとんど会話をせず表情もあまり変わらないように見える。自立を目指して一人暮らしを始めた大貴は、独⾃の規則をもち、全てを平⾏と垂直に並べるほど几帳面でこだわりが強い。週に一度の希との⾷事は決まって19:00。1分でも過ぎると落ち着かなくなる。カウンセラーの仕事をしている希は恋⼈の雅也(伊島空)からプロポーズを受け、⼀抹の不安を抱えながら兄と共に、婚約者の両親に会いに東京へ⾏くことに・・・。
特別な知らない誰かの物語じゃない。
ここにいる、僕たちの物語です。
ーはじめに心を動かされたのはどんなところですか。
映画やドラマでASDの人を主人公にした時に、「実はこんな特殊な能力がありました」という展開があったりしますけれど、そうではないところがいいなと思いました。現実社会を見ても、特殊な能力がある人はほとんどいないし、 “役に立つ” とされる人より、そうじゃない人のほうが多いので。
『美女と野獣』を見て思っていたんです。“魔法が解けたら実はかっこいい男性でした”。それって、これまでの話が台無しじゃないか。赤鼻のトナカイは、“霧の中で役に立つ”。やっぱり役に立たないといけない話じゃないか。
この物語はそうはしたくはない。美談にもしたくない。脚本を読んで、目指すべきところはそこだと思いました。
ー安田さんの名前が企画にあるのは珍しいですね。
派手な話でもない、いわゆるヒットをねらうという話でもない。ただ、“この作品を作りたい”という、そこに共鳴したんだと思います。一緒に作りたいと思えたし、共に歩む仲間として信頼できると思えた。僕が惹かれたのはそういう内側の部分です。
ー信頼するって、なかなか難しいと思うのですが。
そうですよね。そう思うまでに不思議な時間の共有があったんです。
安田さんと山野さん、プロデューサーの佐藤さんの4人で初めて会った日、長い時間、話をしました。自分のことを話したり、作りたいものへの考えを話したり、そこで信頼を築けた。今となっては夢や幻覚かなと思うくらい不思議な時間でした。大袈裟かもしれないけれど、魂の共有みたいな感じだった。みんなはどう思っているかわからないけれど、僕にとってはこの映画が進むべき道が深まった。いい時間でした。
ー安田さんが演じる大貴は信頼に辿り着くまで時間がかかってしまいます。
言葉の通じない外国人をちょっと怖いと思うような、知らない人を遠くから見ると怖いという感情は、理解できますよね。そもそもいろいろな個性や特性をもつ人に出会う機会が少ないのは、よくないなと思います。学校がくっきり分かれていたり、同じ学校に通っていても支援学級というところで分かれたり。分ける利点もあるのは理解したいけれど、もう少し、「同じ社会を生きている」と幼少期から意識できるといいのに。
ー知らないから怖い。神野三鈴さん演じる希の婚約者、雅也の母がまさにそうですね。
雅也の母は、“ASDの人”という大貴への気遣いはあるんです。理解したいという気持ちがあるからこそ「こんなこと言っていいのかしら」「傷つけてしまうのではないか」って、ものすごく考えている。だからああなっちゃう。
人を知るって、例えば専門書を読んで理解できる話でもないんですね。一括りにはできない。“勉強”して理解した気になってしまうと、大貴が勤める会社の課長みたいになっちゃう。「君たちは」なんて完全に一括りだし、「寄り添いたい」とか言うし、敬語を使って丁寧ふうだけど無神経。でも悪気はないんです。
人には個性がある、クセもある。そこはみんな同じなんですけどね。
ーASDを知るために専門家の話を聞いたり、ASDの人たちとの交流の時間をもったそうですね。
ホンづくりをする上で、そこは勝手な解釈で描くつもりはなかったので、正しく知りたいと思っていました。まずは物語の骨組みを作った段階で専門家に読んでもらって、違和感があるところは話を聞いて書き直したり。でもASDといってもグラデーションの幅が広くてなかなか難しい。教育番組ではなく、あくまで大貴の物語なので、最終的には、物語としてギリギリを探ったところもあります。
人の長所は短所でもあって、その逆でもあるということは以前から思っていたことで、同じことを違う側面から見ているだけの時って結構あるんですよね。
ー大貴は「しゃべらない人」ではなくて、考えていることを言葉で表現するのが苦手。というところとか…。
そうですね。「わかっている」ことが理解されにくい。パッと見、会話に参加していないようでも、聞いているし、わかっている。会話しているんですよね。
日常生活って、言葉でやり取りするしかない場面がほとんどなので、言葉は必要なんだけれど、表層だけを取り繕ったものを重要視してしまうのは気になります。言葉にならない内側を見ようとするのも大切なんじゃないかなと思いますね。
でも、言葉がないから救うべき存在だとも思わないし、言葉がないから純粋無垢だとも思わない。こちら側に気づいていない偏見があるかもしれないんです。自戒しなければいけない。
大貴の周りにいる人たちみたいに、フラットな関係を築けたらいいと思っています。
ー大貴の周りの人たち、職場の須賀さんや施設長はフラットでした。
いい感じでしたね。
出演者は皆さん、語らずともわかっている人ばかり。本を読み解く力を持っている方ばかり。仕事に対して誠実な方ばかり。そういう役者さんたちにお願いしましたから、そのあたりは信頼していました。
ー音楽もやさしく自然でした。
富貴晴美さんには、泣きの音楽にはしないでくださいと、音楽家に対するお願いとしては、なんておかしなお願いなんだと思いながらも、そう話しました。観客より先に酔いたくないという理由もあるし、大貴と希と彼らの周りにいる人たちと同じように、高らかには歌わない。でも確かに存在している。全体的に同じ感覚でいたかったのです。
浮さんの主題歌は、思いがけず物語のテーマになる詞を、さらっとのせていたのには驚きました。ふっと力の抜けるような…。
ーこの作品で1番伝えたいことは?
ASDについて知らなかった人が、ちょっと知るきっかけになればいいかな、と。
ひいては、人は社会において、経済的に役に立つか否かで存在意義が決まるものなのか。そんなことを考えるきっかけになれば良いかなと思っています。
例えが難しいけれど、かつて帝国陸軍は、召集兵に「お前たちは一銭五厘で集められるんだ」と言っていたそうです。一銭五厘は召集令状の切手代で、陸軍の予算的には一見理屈が通っているけど、人間が成長するまでに周りが投入した経済的・精神的な資産は、当然そんなものでは済まない。現代で求められている「経済性・効率性」も、それに近いものを感じるのです。
text.田中 奈都子

©2026「平行と垂直」製作委員会

©2026「平行と垂直」製作委員会

小林 聖太郎 さん
安田章大さん、のんさんW主演の映画『平行と垂直』が公開中です。山野海さんの原案に心を動かされた安田さんが、「このメッセージを届けたい!」と立ち上がり、プロデューサーと監督が共鳴、「届けたい!」の波が大きく深く広がっていきました。特別な奇跡ではなく、見落とされがちな優しさや、気づかないうちに交わしている思いやり、日常で忘れられている人の温かさ。人は誰かに想われて生きているという現実が、主人公の生活を通して描かれています。小林聖太郎監督に本作への想いを伺いました。
『平行と垂直』
監督:小林聖太郎
原案・脚本:山野海
出演:安田章大 のん
伊島空 高山トモヒロ 谷村美月 福田転球 芦川誠 早織 久保田磨希
河野咲良 髙田幸季 武藤凪 林英世/神野三鈴 菅原大吉
音楽:富貴晴美
主題歌:浮 with 安田章大「話そう」
企画:安田章大/企画プロデュース:佐藤現
配給:東映ビデオ
kino cinema神戸国際 ほか 全国公開中












