9月号

神戸で始まって 神戸で終る 75 ピカソの多様性と『飽きる美学』
『飽きる美学』という本を出版しました。読者からの反響の大半は、「なんだ、飽きるということは悪いことじゃないんだ」と、短絡的に受けとめた方が随分多かったように思います。
「飽きる」ということは、物事に熱中して、とことんやりつくした結果、限界に来てしまったその時、自然に湧いてくる感情です。ある意味で、徹底的に努力し、これ以上できないというところで、手放すことによって、目的が開花するのです。
ちょっと手をつけただけで、思い通りにならない、だからヤーメタ!じゃ、単にその場から逃げただけのことです。最初から飽きることを肯定してしまう人は、単に怠け者に過ぎないのです。
「石の上にも三年」という故事がありますが、この故事が言わんとするのは、いくら辛くても辛抱すれば、やがて報われるという教えです。それを最初から飽きることを目的としているようなことなら、お母さんから「あなたは飽きっぽいんだから」と言われても仕方ないでしょうね。
このエッセイの6月号で、「ピカソが次々様式を変化させるのは、飽きるからだ」と書きましたが、ピカソは徹底的に、たった今取り組んでいる様式に没頭します。もうこれ以上不可能だという時に、その様式をポイッと捨てます。そして次の様式に移ります。これは、やりつくした結果、飽きてしまったのです。飽きるということは、こういうことです。ちょっと手をつけたまま、なかなか思い通りにいかない。だからヤーメタ!は、ただ物事を放棄しただけです。
次々と変化を繰り返して前進する人は、今、取り組んでいることに徹底した結果です。飽きることが脳の働きとして良いことだと、もし学者が言っているとしたら、それに従うなんて人がいたら、その人はアホです。
「飽きる」ということは、執着を解くということです。つまり、拘りを手放し、自由になるということです。執着は自由を奪い、人間の行動を凍結してしまいます。ある意味では、執着の寸前まで行って、その先、身動きがとれずガンジガラメになった時、パッと執着を捨てられるのです。
執着というのは、決していいことではありません。一時、「今、あなたは何に執着していますか?」なんて、執着の意味も知らずに、流行語になりかけたことがありました。
物事に熱中した結果、執着の寸前まで行った時に執着を手放す。執着の反対が飽きるです。そこまでやって初めて、「飽きる」効果が生まれるのです。執着は地獄ですが、「飽きる」は天国への道と考えていいでしょう。ある意味で、「飽きる」は悟りでもあるのです。悟りは一瞬では得られません。とことん修行した結果、ある時、悟るのです。修行中は、悟りたいということに執着しているのです。執着している間は、絶対に悟ることはできません。ところが、執着して執着して執着にガンジガラメになった時、「俺はもう悟るのは辞めた!そんな馬鹿馬鹿しいことに、俺はなんで時間をつぶしていたんだ!ああ、アホらしい!」と思ったその瞬間が、実は悟りの瞬間だったのです。執着に飽きた瞬間です。飽きるということは、このようなことです。
ピカソは、同じような作品を連続的に描きます。この連続性が執着です。その時ピカソは、「俺は一体何をやっているんだ、同じことばかりやってるではないか!」と、自分のスタイルへの執着に気づいて、パッ!と一瞬のうちにこのスタイルを捨ててしまうのです。そして、次のスタイルに移るのです。
執着を捨てなければ、次のスタイルに移れません。ピカソは執着と放棄の繰り返しによって、次々とめくるめく多様な変化を続けたのです。
飽きるというのは、そういうことです。
子どもはすぐに飽きて、次のことに移ります。これは、子どもと大人の時間感覚が違うのです。子どもは短時間に、大人の時間の何倍も、何十倍もの時間の中に自分のやりたい目的を凝縮します。だから、達成感が早いのです。大人はぐずぐずして、考え過ぎるので、時間がすきまだらけですが、子どもの時間はビッシリ凝縮しているので、物事の達成が早いのです。
だから、次から次へと目移りがして、別のことをやり続けます。つまり変化を求めるのです。そんなわけで、子どもはどんどん飽きるのです。ピカソの多様性は、子どものマネをしているのです。だから、次々飽きて、次々変化するのです。
飽きるためには、その行為に遊びが必要です。遊ぶということは、一時、思考をストップさせることです。ガンジガラメの思考の中では遊べません。従って、ガンジガラメの思考の中では飽きることも不可能です。
今回はこんなところでよろしいでしょうか。

DANCE 2025年 作家蔵

『飽きる美学』実業之日本社
1,980円(税込)
好奇心も意欲も、変な欲望もなく、ぼんやりと日向ぼっこをするような生き方こそ老齢の贅沢な生き方ではないだろうか。まるで人生にも飽きたような生き方である。(本文より)

本づまり 2021年 横尾忠則美術館

9月19日(土)から、展覧会『Curators in Panic 2 〜横尾忠則展 学芸員危機2髪?』が始まります!
この展覧会は、横尾忠則現代美術館の歴代学芸員5名が、作家にも美術史にも忖度することなく、独断と偏見で作品を選出。各々の「推し」への愛を語る異色の企画展、待望の続編です。従来の評価軸を超えたヨコオワールドの豊かさをお楽しみください。

美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。












