6月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.55
神戸大学医学部附属病院 歯科口腔外科 木本 明先生に聞きました。
歯科は私たちの身近にありますが、あまりお世話になることがない口腔外科。どんな治療が行われているのでしょうか。QOLに大きく関わってくる顎変形症の外科治療を専門にされている木本明先生にお話を伺いました。
―歯科口腔外科はどんな診療科ですか。
歯や歯ぐきにとどまらず、顎の骨・口の中の粘膜、たとえば頬粘膜や舌まで、幅広く診療する科です。扱う疾患は多岐にわたり、親知らずの抜歯・顎の骨の手術・口の中の腫瘍や嚢胞・外傷・顎変形症など、「機能」と「形」の両面に関わる点が特徴です。一般の歯科医院でも親知らずの抜歯や外科処置を行う先生方はたくさんいらっしゃいます。大学病院の口腔外科では、全身麻酔が必要な手術や、形成外科・耳鼻科など他科との連携が求められる複雑なケースも含め、チームで対応しています。地域の歯科医院・矯正歯科とも密に連携しながら、それぞれの強みを生かして患者さんを支えています。
―顎変形症とはどのような病気ですか。
上顎や下顎の位置・大きさにアンバランスがあり、噛み合わせや顔立ちに影響が出る病気です。たとえば、下顎が前に出た「受け口(下顎前突)」、逆に下顎が引っ込んだ「出っ歯(上顎前突)」、上下の前歯の間に隙間ができる「開咬(かいこう)」などが代表的なタイプです。顔の左右のバランスが崩れる「顔面非対称」も顎変形症の一つに含まれます。これらは単に見た目の問題にとどまらず、食べること・発音すること・口を大きく開けることなど、日常生活の機能に幅広く影響します。
原因としては、遺伝性のこともあれば、口呼吸など成長期の習慣が関与することもあります。矯正治療だけでは改善が難しく、顎の骨自体を動かす外科手術が必要となるケースが対象です。
―どのような症状があれば受診を検討すればよいですか。
「前歯で食べ物を噛み切れない」「奥歯しか当たっていない気がする」「口が閉じにくい」「口を閉じると下顎の先端に梅干しのようなしわができる」といった症状がある方は、一度ご相談いただいてもよいかと思います。見た目のバランスについて悩まれている方も多いですが、あくまで機能面の問題があるかどうかが診断の決め手になります。「自分が顎変形症かどうかわからない」という方も、遠慮なくご相談ください。矯正専門医との連携のもとで、じっくり評価していきます。
―子どもでも気になる症状がある場合は受診したほうがよいのですか。
顎変形症に対する外科治療は、顎骨の成長が終わってから行うのが原則です。成長が完全に止まる前に手術しても、その後の骨の成長によって再びずれてしまう可能性があるためです。分かりやすい目安としては、身長の伸びが落ち着いてきた頃です。
―治療はどのように進むのですか。
顎変形症の治療は、矯正歯科と口腔外科が連携して進める「チーム医療」です。まず矯正歯科で術前矯正(約1〜2年)を行い、歯の位置を整えてから、全身麻酔下で顎の骨を切り、正しい位置に固定する手術に臨みます。具体的には、上顎・下顎それぞれの骨を数ミリ〜1センチ程度動かすことで、噛み合わせを整えます。入院期間は約2週間です。手術後は、術後矯正(約1〜2年)でさらに噛み合わせを細かく仕上げていきます。
―なぜ、手術前に矯正が必要なのですか。
「矯正をしてから手術」と聞くと、遠回りに感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、この順番には大切な理由があります。顎変形症では、顎の骨の位置がずれているために、歯が互いに噛み合おうとして少しずつ傾いたりしていることが多いです。その状態のまま手術で顎の骨を正しい位置に動かすと、今度は歯同士がうまく噛み合わなくなってしまいます。術前矯正は、こうした歯の代償的な傾きをあえて「ほどく」作業です。土台となる歯並びをきちんと整えてから骨を動かすことで、手術後の噛み合わせが安定し、治療の仕上がりも格段によくなります。一時的に噛み合わせが悪くなったように感じることもあり、患者さんにとって不安に感じやすい時期ですが、それは手術の準備が整ったサインでもあります。
―長期間の治療で不安になる患者さんもおられるのでは?
全体の治療期間は3〜4年程度となりますが、治療の各段階でその意味をきちんとお伝えし、目標を共有しながら進め、患者さんに安心していただけるように心掛けています。近年は3Dシミュレーションや実体モデルを活用して手術前に詳しいシミュレーションができるようになり、どのように骨を動かすか、術後の顔立ちがどう変わるかをあらかじめ確認しながら計画を立てることができます。患者さんと一緒にイメージを共有できるのも、この技術の大きなメリットです。
―顎変形症の治療には健康保険が適用されるのですか。
噛み合わせや発音など、機能的な問題が認められる場合の一部で健康保険が適用されます。顎変形症への保険適用は1990年から始まっており、長い歴史があります。保険適用の場合、手術・入院・術後の管理などの費用が保険の範囲内で行われます。また、矯正治療の費用も保険適用となります。ただし、保険適用には矯正専門医の診断が必要で、一連の治療を連携のもとで進めることが条件です。
一方、審美目的で行う美容外科の顎手術は全額自費です。自身が対象かどうかは、顎変形症の矯正治療が健康保険で行える指定医療機関(矯正歯科)の診断が必要です。
―最近、顎変形症の患者さんは増えているのですか。
年々増えている印象があります。以前は「矯正でどうにかならないか」と長く悩まれた末に来られる方が多かったのですが、近年はSNSや動画サイトを通じて顎変形症や外科手術に関する情報に触れる機会が増え、比較的早い段階で相談に来られる方も増えてきました。情報が増えた一方で、「手術が必要か、矯正だけでよいか」の判断は個人では難しいため、まず矯正専門医に診ていただいた上で、必要に応じて口腔外科に紹介していただく流れが大切です。
顎変形症は、がんのように命に直結する病気ではありませんが、噛み合わせの不整は、食べることや話すことといった毎日の生活に深く関わります。「これくらいで相談してもいいのか」と遠慮される方もいらっしゃいますが、気になることがあればぜひ早めにご相談いただけると、より多くの選択肢をご提案できると思います。

木本先生にしつもん
Q.歯科口腔外科を専門にされた理由を教えてください。
A.学生時代、さまざまな分野を学ぶ中で、口腔外科の内容はなぜか無理なく頭に入ってきたことを覚えています。手術という形で患者さんに直接関わりながら、機能と見た目の両方を改善できるところに魅力を感じました。
Q.顎変形症の治療を専門にされている理由は何ですか。
A.顎変形症の治療は、患者さんと初めてお会いしてから手術を経て治療が終わるまで、数年という時間を一緒に歩むことになります。その中で患者さんの変化を間近で見守れること、手術を一緒に乗り越えた後に「本当によかった」と言っていただける瞬間は何ものにも代えがたく、また、矯正歯科の先生方との連携も密で、チームで一人の患者さんを支えているという実感があります。
Q.患者さんと接するうえで心掛けていることは?
A.「安心して治療を受けていただくこと」を何より大切にしています。顎変形症の治療は手術を伴い、治療期間も長いため、患者さんにとって不安や疑問が多いのは当然です。できるだけわかりやすい言葉で丁寧に説明し、納得いただいた上で治療を進めるよう心掛けています。顎変形症は手術に至るまでに1〜2年かかることもあり、その間の経過診察や処置にもできる限り自分自身で関わることで、患者さんとの信頼関係を積み重ねていきたいと考えています。手術当日に「任せれば大丈夫」と思っていただける関係性を築くことが、治療の質にもつながると考えています。
Q.ご自身の健康法・リフレッシュ法を教えてください。
A.リフレッシュ法の一つはミュージカル観劇です。今年は「エリザベート」を観に行きました。次は「スプーンの盾」を観に行きます。












