7月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」第177回
医療と介護を、市民みんなで守るために
――新自由主義とポピュリズムを考えた医政市民フォーラム
医療や介護は、私たちの暮らしを支える大切な社会基盤です。しかし近年、医療を単なるビジネスとして捉える考え方や、SNSなどで広がる感情的な世論が、医療政策に影響を与える場面も増えています。姫路市医師会では、市民のみなさまとともにこれからの医療と介護を考えるため、医政市民フォーラムを開催しました。
─医政市民フォーラムとはどのようなフォーラムですか。
高部 姫路市医師会が主催し、姫路市民のみなさまとともに医療政策のあり方を考えるフォーラムで、隔年で開催しています。今年は3月21日に姫路市医師会館の大ホールで開催し、地域の医療に関心の高い約80名の市民の方々にご来場いただきました。
─今年はどのようなテーマでしたか。
高部 「医療と介護を新自由主義とポピュリズムから守ろう」がテーマでした。ここでいう「新自由主義」とは、医療や介護にも市場競争や利益効率を強く持ち込もうとする考え方を、「ポピュリズム」とは、複雑な問題を単純化し、人々の不安や怒りに訴えて支持を集める政治手法を指します。特定の政党や立場を批判するものではなく、医療政策を冷静に考えるための視点として取り上げました。姫路市医師会医政担当理事の多田英二先生の司会のもと、第1部では4名の医師会員が現場の視点から講演し、第2部では基調講演として、国の社会保障審議会などの委員を歴任されている慶應義塾大学商学部の権丈善一教授をお招きしました。

3月21日に姫路市医師会館の大ホールで「医療と介護を新自由主義とポピュリズムから守ろう」をテーマに開催。第1部で司会を務められた、姫路市医師会医政担当理事の多田英二先生
─一般講演の最初の講演はどのようなお話でしたか。
高部 岸田医院の岸田裕志先生から「姫路の医療偏在問題」をご報告いただきました。市内の医師約1,400名のうち、山間部の北部で診療している医師はわずか8〜10名で、7つの診療科が存在しないなどの格差があります。その背景には、診療所の開設に医療テナントや薬局の出店戦略も影響しており、民間事業者はどうしても採算性の高い地域に集まりやすく、その結果として医療資源の地域偏在が助長される構造があります。姫路市医師会から関係者へ地域全体のバランスを考慮するよう働きかけることで偏在を改善できないかという提言とともに、行政による過疎地域での開業時の経済的支援も必要であるとのお話でした。
─2番目の講演はいかがでしたか。
高部 福本内科の福本淳先生に「アダム・スミスと市場システムの誕生」を演題にお話しいただきました。自由競争を重視した〝経済学の父〟アダム・スミスでさえ「弱い者も生きられる社会こそが本当の自由な社会」と考え、その前提としてルールが必要だと説いています。医療は命を扱うという倫理的側面から、「お金を払える人だけが救われる」という採算性だけを重視する医療提供にはなじみません。現在の医療保険制度や自由開業医制の良さを生かしつつ、公的制度と市場の力をいかに組み合わせるかが医療政策の核心であるというご指摘でした。
─3番目は高部先生が講演されたそうですね。
高部 はい。「新自由主義経済学と医療費抑制の関係」をタイトルに、医療費を削ると社会はどうなるかをお話ししました。例えば窓口負担を増やすと、国が支払う医療費は抑制されても、本当に必要な受診まで我慢する人が増え、健康悪化が懸念されます。また、予算を削って財政規律を優先することは健康に有害であるとする研究は多く、イギリスでは医療費削減の結果、医療従事者の人手不足や医療提供体制の弱体化を招き、患者の健康や生命に影響する可能性が指摘されています。財政効率だけでなく、皆さまの命を支える人材や体制を守る視点が重要であることをお伝えしました。

第1部では4名の姫路市医師会員の先生方が、現場の視点から講演。
3番目は、医療費を削ると社会はどうなるかを高部先生がお話しされた
─ポピュリズムに関する講演はありましたか。
高部 姫路聖マリア病院の田中大介先生が「ル・ボンの『群衆心理』からポピュリズムを考える」をテーマに発表されました。人は集団になると理性より感情が優先され、極端な意見に流されやすくなるというル・ボンの分析は、現代のSNSでの炎上やフェイクニュースの拡散にも重なります。人々の不安や怒りをあおり、わかりやすい〝敵〟をつくって政治利用する手法が「ポピュリズム」であり、これが台頭すると社会が分断され、本当に必要な議論が止まってしまいます。防ぐ手段として、感情を強く刺激する言葉にすぐ反応するのではなく、複数の情報を見比べ、冷静に考える姿勢が大切だと投げかけられました。
─第2部の基調講演はどのような内容でしたか。
高部 権丈教授に「社会保障政策とアテンション・エコノミー」を演題にお話しいただきました。これからの医療は「治す」から「支える」へと変わり、医療機関も「競争」から「協調」へ舵を切るべきだという話題から始まりました。
人間の脳には、直感や感情で判断する「システム1」と、論理や理性で考える「システム2」があるとされています。SNSが普及し、人々の注目を集めることが資本となる「アテンション・エコノミー(関心経済)」の現代では、システム1(感情)を刺激する「もっともらしいうわさ(通念)」が政治を動かしやすく、社会保障は特にその傾向が強いとのことです。
教授は通念の例として、世間でよく言われる「社会保障はお神輿型から肩車型になる」という話を挙げられました。これは年齢だけで区切った見方であり、女性や働く高齢者の増加を含めた実際のデータを見ると、「高齢者一人当たりの労働者数」は以前とそれほど変わっていないそうです。こうした不安をあおる通念と真実との乖離を指摘され、「世間で言われている通念を、ことごとく疑っていい」と力強く締めくくられました。

国の社会保障審議会などの委員を歴任されている慶應義塾大学商学部の権丈善一教授が、第2部で基調講演をされた
─次回はいつですか。
高部 再来年を予定しています。医療と介護は、単なる商品ではなく、地域で支え合う社会基盤です。データと現場の実感に基づいて、市民と医療者が一緒に考える場として、今後もこのフォーラムを続けていきたいと思います。日時やテーマが決まりましたら、姫路市医師会ホームページや『広報ひめじ』などでご案内しますので、ぜひお気軽にご来場ください。

姫路市医師会 医政委員会委員長
糖尿病内科たかべクリニック 院長
高部 倫敬 先生












