7月号
津軽三味線の「かっこいい!」を 未来へ引き継ぐために
津軽三味線奏者の吉田兄弟が、2026年9月6日、デビュー25周年を記念したコンサート『47都道府県ツアースペシャル in 大阪 吉田兄弟-極生-THE MOMENT』をフェスティバルホール(大阪市)で開催。
この公演は、楽器の音とホールの響きだけで、客席に“生の音”を届ける、特別な一夜となる。
日本の伝統楽器の力強さをベースに、幅広く挑戦し続ける2人に話を聞いた。
知る機会が
生まれにくい楽器。
―三味線のこと、知らないんです。和楽器なのに。
良一郎 三味線に触れる機会ってないですよね。本物を見る機会もなかなかない。
まず保管が難しいんです。湿気は大敵なので細やかに手入れをしないと破れてしまう。なので学校の音楽室に設置することができません。それに「ちょっと鳴らしてみよう」ができない。音がすぐには鳴らないので、子どもたちに体験してもらう機会も作れないんですよ。
健一 和楽器はどれも難しくて、例えば尺八は首の角度で音を変える。それができるまで「首振り三年ころ八年」と言われています。それに音程も繊細です。三味線は弦が絹なので弾いてると伸びちゃう。伸びると音程が下がっていくので、曲の途中でも調整が必要。
そんなわけで、ますます世間と和楽器は遠ざかってきました。
―お二人は、そんな楽器に子どもの頃に出会いました。
健一 出会ったけれど。好きになって自分の意思でがんばり始めたのは、津軽三味線と出会ってからです。
それまで習っていたのは、細棹といって小さめの楽器。持ち方も違うし、音階は一緒ですが、音色も音量も違います。
別の楽器を持たされたくらい違ったので、「なんだこれは!難しいぞ!」と思いました。
良一郎 楽器もばちも大きいから、子どもの手では、ばちを的確に弦に当てるところから難しい。当たる面が多いとひっかかる、少ないと鳴らない。ちょうどいいところに当てないと音すら出ない。逆にその分、音のバリエーションがあるので、演奏もそれまで聴いていたのとは違ったんです。
三味線をやっていることが、古臭い、ダサいと思い始めていた頃、津軽三味線の大会で年上のお兄さん達が演奏をしている姿を見て、「かっこいい!」という気持ちが芽生えました。
そこからは僕も「かっこいい!」を目指して、次第に「かっこいいを伝えたい!」に。今は「未来につなぎたい!」も加わっています。
『津軽じょんがら節』を
詳しく。
―『津軽じょんがら節』は有名ですが、細川たかしさんの歌と吉田兄弟の演奏では曲が違う気が…。
健一 青森県の津軽地方に伝わる民謡で、民謡って唄い継がれるものなので、楽譜があるわけではないんです。100人の奏者がいたら100通りのじょんがら節があります。
良一郎 津軽五大民謡というのがありますが、じょんがら節だけが途切れることなく演奏されてきました。みなさんご存知の細川たかしさんが歌うじょんがら節は、2/4拍子を基本にしていて、印象が明るく聴きやすい。民謡はリズムがとりにくくて、言葉と同じで節に方言がある。土地の訛りが出ちゃうんですよ。クラシックのような正解がないんです。
でもそこがおもしろいところで、即興で演奏できる、気分次第でいいノリが生まれる。
―ジャズっぽいですね。
良一郎 そう、ジャズに近い。
演奏中の掛け声は、お互いに「さあ行け!」と鼓舞している意味もあって、奏者だけでなく、お客さんの拍手も一緒に曲を作っていく。その都度生まれるオリジナルです。
健一 ただ、そうなると曲を覚えてもらえない。決まったメロディがないと、お客さんは一緒に口ずさむことができないですよね。三味線が発展していかないのはそこだとある時、気づいたんです。曲を聞いて「あ、三味線!」「あ、吉田兄弟!」になってほしいなと、そんなことを意識して作曲を始めました。
そこに至るまで、辛い思い出があるんですよ。
初めて海外で演奏した時。シドニーのオペラハウスで、その日は日本の珍しい楽器が聴けるってことで満席だったんです。でも演奏の途中でお客さんがどんどん席を立って帰っちゃう。いい演奏をしていたはずなのに。後で聞いてみると、海外の人には民謡って全部同じに聞こえるらしく、退屈になっちゃったらしい。
良一郎 なかなかの衝撃でした。日本のお客さんは帰るってことはあまりしない。海外ははっきりしているんですよね。
そうか、帰っちゃうんだ。理解してもらえなかった。飽きられてしまった…。
まずは、思いっきりショックを受けて、それから、民謡ばかり聴いてたら飽きるよね。そりゃそうだよな…と事実を整理して。そこから、聴きやすい曲を作ろう!自分たちが変えていこう!と、前を向いたんです。
三味線のよさをどうやって伝えよう。そう考えさせてくれたという意味では、オペラハウスでの経験は必要だった。でもね、18歳と16歳にはきつかったですよ。
48歳と46歳が見ている現在。
―かっこよさを伝え続けてきて、結果も見えてきていますね。
良一郎 そうですね。三味線人口は増えました。1番増えたのは大学のサークルで、盛んな大学だと100人ほどで活動しています。しかもどの大学も上手!全国大会で腕を競い合ったり、オリジナル曲を作ったり。
ほとんどの学生さんが、入学してから始めているんですよ。三味線を選んでくれて「ありがとう!」です。
健一 サークルからプロになる人が出てきたのもうれしいことです。
日本のお稽古事って、流派とか師範とか古いしきたりがあるけれど、サークルは違う認識で自分たちで先生を選ぶんです。「教えてください!」ってメールがきて、「はい、行きます!」って返事する(笑)。そんな形もシンプルでいいのかな、と思います。要望があれば喜んで教えに行きます。
先日も合宿に呼ばれて、1日目は僕が基礎を、2日目は兄が曲を。驚くほど上手くなったよね。
良一郎 本当に上手い!18歳位だと体格ができあがっているので、安定した、いい音が出る。ばちの持ち方を教えただけで、音がまるで変わってくる。上手くなると面白くなって、どんどん練習するので、サークル全体の「もっと上手くなりたい!」につながるんですよね。
健一 卒業して辞めちゃうのは残念。たまにでも、社会人が三味線を弾く機会を作れないかなってことを考えています。
―テレビアニメ『ましろのおと』ではエンディング主題歌の制作、監修も務めましたね。
良一郎 『ましろのおと』も、映画『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』も「ありがとう!」な出来事でした。三味線がアニメになるとか主人公が三味線持ってるとか、僕が子どもの頃は考えられなかった。『KUBO…』にはビートルズ『White My Guitar Gently Weeps』のカバーで参加しました。海外でも和楽器が知られるようになってきた。がんばらないと。
―大阪公演は生音で演奏されるそうですね。
健一 音は最後列まで十分届きます、大丈夫。ただしどう聞こえるかは、天気次第です。どんな音が出るかは、当日にならないと僕たちにもわからない(笑)
良一郎 当日は晴れていて空気が乾いていたらサイコーです。雨が降ると音が鈍くなるし、湿気を吸いすぎると皮の部分が破れてしまう。朝から大雨だったらドキドキです。
それから、お客さんが着ている洋服でも音が変わります。吸音してしまうんです。
夏と冬で全然違うんですよ。フェスティバルホールのキャパシティは2700人ですね、2700人がセーターを着て、手にコートとマフラーを持っていたら…。ゾッとします(笑)
健一 それ、こわい(笑)。当日はどうか薄着でご来場ください(笑)
公演情報
『47都道府県ツアースペシャル in 大阪
吉田兄弟-極生-THE MOMENT』
日時:2026年9月6日(日)15:00開演
会場:フェスティバルホール
詳細はコチラ
津軽三味線奏者
吉田兄弟
吉田 良一郎 さん
吉田 健一 さん
プロフィール
北海道登別市出身。ともに5歳より三味線を習い始め、1990年より津軽三味線奏者・初代佐々木孝氏に師事。1999年アルバム『いぶき』でメジャーデビュー。邦楽界では異例のヒットを記録し、現在まで15枚のアルバム他を発表。2003年の全米デビュー以降、世界各国での演奏活動や、国内外問わず様々なアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。
良一郎は代表的な和楽器による学校公演を中心とした新・純邦楽ユニット『WASABI』を始動、健一は平成27年度文化庁文化交流使としてスペイン・バルセロナで活動したことをきっかけに、現在もバルセロナ高等音楽院で津軽三味線講義を毎年行っている。

兄の良一郎さん

弟の健一さん












