5月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol66 ■作家■ 髙村薫さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。
第66回は社会派ミステリー『マークスの山』(1993年)で直木賞を受賞し、昨年、作家デビュー35年の節目を迎えた髙村薫さんの登場です。作家生活36年目に入った今も変わらず健筆をふるう髙村さんに連載中の小説の構想などを聞いた。
文・戸津井 康之
挑むハードルは常に高く…新作は言葉で紡ぐ〝音の世界〟
枠にはまらない創作スタイル
デビュー以来、一貫して「同じものを書くつもりはない」と言ってきた。
この言葉通り、『レディ・ジョーカー』や『冷血』などの重厚な社会派ミステリーから、『晴子情歌』や『土の記』などの純文学まで。新作ごとにジャンルもテーマも文体までも、がらりと変えながら幅広い創作に挑んできた。
36年の間、常に新たなそれも過去作を超えようと設定した高いハードルを自らに課してきたが、この決意は揺るがない。
昨年、上梓した2作の小説を見ても、その覚悟が伺える。
昨年3月に刊行された『墳墓記』(新潮社)は古文と現代文を自在に操りながら、純文学の新たな形態に挑んだ長編の意欲作。
片や昨年5月に文庫化された『我らが少女A』(毎日文庫)は、『マークスの山』で初登場以来、〝髙村ミステリー〟を語るうえで欠かせない〝重要人物〟の一人、合田雄一郎が久々に登場する社会派長編ミステリーだ。
『墳墓記』の主人公は、能楽師の家系に生まれるが、選んだ仕事は法廷の速記者。
冒頭、《男は自分がかたちもない意識だけのガスになっているらしいことを知る》と、その〝正体〟が明かされる。
古希を過ぎ、仮死状態となった元速記者の頭のなかでこれまでの人生の記憶の断片が言葉=それは音として、とめどなく脳裏に甦る。
紫式部の『源氏物語』、藤原定家の和歌、『平家物語』などの古文が音として元速記者の頭のなかを脈絡なく駆け巡る。
なぜ速記者なのかと聞くと、「意味よりも言葉を音としてとらえるのが速記者の仕事。死者の声に耳を傾ける役にふさわしい」と髙村さんは言う。
これまで数多のミステリー=警察小説のなかで司法の世界を描き続けてきた作家ならではの幅広い知識が、純文学の世界観のなかでも生かされていることを読者は知る。
今作でこだわったのは日本語の〝音〟だ。
「念仏や祝詞は意味を追うと難しいが、心地よく聞いていられる」。その心地よい音を小説のなかで、どうやって言葉、文章で表現し、読む者へ伝えることができるか。
さらに目指したのは、長い歴史のなかで培われてきた豊穣で美しい日本語の世界を、令和の時代を生きる作家として、小説のなかで描き切ること。
それは、「日本語の幅を押し広げ、どれだけ新しい言語空間をつくりだすことができるか」という文学の未踏の領域を探る挑戦でもあった。
「平安貴族から武士の世へ移るにつれて、日本語も大きく変化してゆきました。藤原定家は後世に残すために、鎌倉時代、誰も読めなくなっていた『源氏物語』を読めるように整えたのです。今、私たちが『源氏物語』を読むことができるのは実は定家のおかげです」と髙村さんは語る。
そして、「日本語が変わるということは、その言葉を使う日本人の生活などの変化を意味します。つまり、その時代の言葉を理解していけば、日本人が歴史のなかで、どう変わってきたかも分かるのです」と続けた。
新聞連載でも新境地
『我らが少女A』は〝髙村ミステリー〟の愛読者にとって待望の、久々の長編社会派ミステリーだ。
『マークスの山』で警視庁警部補だった合田が、警察大学校の教授として登場する。
殺人事件の被害者の女性が、12年前、合田が捜査した未解決事件の容疑者として浮上する…。
2017年から約一年間、毎日新聞朝刊で掲載されたが、連載時に話題となったのが、挿絵を一人ではなく、約20人の画家が交代で描くという手法だった。
筆者も文化部記者時代、作家の連載小説の編集を担当したことがあるが、連載を通じ一人の画家が挿絵を担当するのが通例で、新聞界にとって前代未聞の試みだった。
「装幀家の多田和博さんのアイデアです。多くの若手画家に活躍のチャンスを与えたいと。実際、連載後、何人もの画家がチャンスを掴み活躍されていますよ」
だが、連載中、多田さんが急死する。
「亡くなる直前までお元気だったのに…」
『マークスの山』以来、多田さんはずっと髙村さんの作品の装幀を担当。ともに新たな文学の境地を切り開こうと切磋琢磨してきた大切なパートナーだった。
かつてインタビューで多田さんは、髙村さんについてこう語っている。
作品ごとに、「新しい物を書きたい」と挑む髙村さんの姿勢に触発され、「自分も新しいハードルを越えることができた」と。
髙村さんの自宅の応接間には柔和な笑みを湛えた多田さんの写真が飾られていた。
「音」を「言葉」で伝える
昨年、月刊誌『新潮』9月号から連載が始まり、現在、隔月で掲載されている小説『マキノ』で髙村さんは更なる文学の可能性を広げようと挑んでいる。
〝音の世界〟を言葉で表現する試みである。
「音が鳴っていても、周波数の違いなどで人間の耳に聞こえる音と聞こえない音があります。動物にしか聞こえない音もある。私たちの身体はさまざまな音に囲まれている。そんな〝音の世界〟をこの小説で描きたい」
同じものは二度と書かない。そう決めて36年。作家として言葉で挑むハードルは、とめどなく高さを増していく。
妥協なき孤高の作家は新たにハードルを遥か高くに設定し直した。この挑戦に文学界は驚く一方、〝高村ミステリー〟の愛読者たちは、その登場人物の設定に喜んだ。
合田雄一郎とその盟友、加納祐介が物語の核を成す人物として登場しているからだ。
小説の舞台のモデルは、滋賀県北西部の旧マキノ町(現高島市)。
『我らが少女A』で警察大学校の教授だった合田は定年後、警察を辞め、マキノの古家で一人で暮らしている。片や検事、裁判官を歴任した加納も法曹界を去り、一人で世界を放浪している。
『マークスの山』で警部補として登場した合田は、『マキノ』では警察組織と大都会・東京を去り、人里離れた湖畔で静かに第二の人生を迎えていた…。
「警察を離れた合田が雑音の多い東京に居続ける理由はなく、絶対に合田は天下りなどしませんからね」と髙村さんは笑みを浮かべ、創作の背景について説明してくれた。
合田の人生を指針とする読者が数多くいることを〝生みの親〟は強く自覚している。合田は髙村さんの分身でもあるのだ。
文学は読む人の心を豊かにし、拠り所となったり、鼓舞したり、人生をも変える。それが小説の魅力であるが、今、日本語の言葉としての力が失われ、文学が危機を迎えている。髙村さんは「今世紀で文学はなくなるかもしれない」と言う。
現実に活字離れは深刻化し、書籍の売れ行きは落ち、全国で書店が次々と閉店している。
神戸の思い出
「神戸は幼いころから私にとって庭のような場所です」
そう語る髙村さんは大阪市出身だが、「父は和歌山、母は芦屋の生まれ。幼いころは毎週日曜日、家族で神戸の六甲山や摩耶山へ遊びに行っていました。帰りは三宮の百貨店などで食事をして」と振り返る。
これまで全国の都市が小説のなかで描かれてきたが、神戸はまだ舞台になったことがないが…。
「とくに理由はないのですが、あまりに〝近過ぎて〟書けない」と神戸への親近感を込めながら、その理由を明かした。
1995年1月17日、大阪・北摂の自宅で就寝中、阪神・淡路大震災に見舞われた。
そのときの心情が『作家たちの大震災』(「月刊 神戸っ子」刊行)のなかでこう綴られている。
《物を書くという行為はわたくしの場合、物を考えるという行為と等しいので、これからはこれまで以上に、いやでも物を書きつつ考えていくしかない》
同年2月24日、毎日新聞夕刊へのこの寄稿から31年が過ぎた今も〝物を書くこと〟で文学の可能性を模索し続ける髙村さんの覚悟は変わらない。
現在の生活スケジュールを聞くと、「午前4時に起床。近くの乗馬クラブへ通って4時間ほど馬の世話をします。帰りに買い物をして昼食後、夕方まで執筆。さらに夕食後、深夜までが執筆時間です」と教えてくれた。
乗馬に親しみ、約6年前、「馬場馬術競技」に出場する馬の馬主となった。
「勧められるままに馬主になりました。名前は〝オーディン〟(北欧神話の〝闘いの神〟の意)といいます」
乗馬クラブの休みは週一日だけ。「一年中ほぼ馬の世話に追われています」と笑う。
「馬は生き物。毎日の世話は本当に大変ですが、とても楽しい」と充実した表情で語るが、〝作家と馬主の両立〟を知り「驚きを隠さない馬主は少なくない」ことも認める。
書き続ける覚悟
原稿の締め切りに追われる生活を長年続けてきたが、「書くことがしんどいと思ったことはありません」ときっぱりと言い切る。
多忙な執筆活動に馬主の仕事も加わった。
現在、乗馬は控えているが、春と秋のシーズンには、愛馬を連れて馬場馬術競技の大会を馬主として転戦している。
愛馬オーディンは、「日本へ来る直前までヨーロッパの第一線で活躍していたので、技術はすでに完成している馬なのです。いまは全日本を目指しています」と馬主としての目標を語る。
昨年、約11年間務めた直木賞の選考委員を退任した。理由は「〝作品が面白いか面白くないか〟では選考したくない」から。「近年のエンターテインメント化する小説についていけなくなったから」とも。
日本語へのこだわりが次第に薄れていくこの国の文学を取り巻く風潮へのいらだちを感じさせる言葉に、書く側だけでなく、読む側の姿勢も問われているのだと痛感させられた。
全身全霊で〝小説を書くこと〟と対峙し、その在り方を模索し続ける姿は、日本語、日本文学の〝最期の灯〟を守るために最期まで闘う覚悟を固めた求道者のように見える。
愛馬の名は、そんな馬主の心の現れだろうか…。
ドイツから大阪へやって来た愛馬との出会い。それは偶然ではなく必然に違いない。

作家として己に厳しい求道者。一方、人として他人に優しく謙虚。そのギャップに魅了される

新作ごとに小説の新境地を拓こうと挑んできた作家の言葉は重厚だ

社会派ミステリー、純文学、時事評論…。近作を並べてみて、改めて創作の幅広さに驚く

オーディンを連れ、大会に臨む髙村薫さん
髙村 薫 (たかむら・かおる)
1953年、大阪市生まれ。国際基督教大学を卒業後、外資系商社に就職。1990年、日本推理サスペンス大賞を受賞した『黄金を抱いて翔べ』で作家デビュー。1993年、『マークスの山』で直木賞受賞。1998年、『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞、2018年、『土の木』で大佛次郎賞などを、2025年、『墳墓記』で泉鏡花文学賞を受賞する。現在、月刊誌『新潮』で小説『マキノ』を隔月で連載中。












