5月号
有馬温泉歴史人物帖 ~其の参拾八~ 清原元輔(きよはらのもとすけ) 908~990
有馬の森は野鳥の宝庫でございますが、温泉街では6年前、ある鳥が鳴きまくっておりました。それは閑古鳥でございます。2020年の悪疫騒動でね。ところで閑古鳥ってどんな鳥?実はカッコウなんだそうですよ。
980年の閏(うるう)3月晦日(みそか)の晩、大中臣(おおなかとみ)さん家にその主の能宣(よしのぶ)さん、息子の輔親(すけちか)くん、娘婿の源兼澄くん、そして仲良しの清原元輔さんが集合。暦が春から夏に切り替わる夜にオールナイトで飲んでいたところ、明け方に有馬から帰ってきた兵庫頭(ひょうごのかみ)の藤原共時(ともとき)さんがふらりとやって来て「有馬の山で道すがら郭公の声を聞いたのよ」と話し
とくゆきて人にかたらん足曳(あしびき)の
山郭公初音きヽつと
と詠むと、輔親くんが
きヽすてヽ君が来にける郭公
こゑよいつれの山路なりけむ
と返し、能宣さんも
聞きすてヽ君かきにける郭公
たつねにわれや山ちこへまし
と詠み、兼澄さんも
郭公ありまの山をきみひとり
こゆとしりせばゆかまし物を
という歌を披露したとか。
ところでこれらの歌、ちょっと違和感ありません?カッコウの部分が1字足らずよね。博学の方はご存知かもしれませんが、郭公は「ホトトギス」とも読むのです。と言うか、平安時代の人たちはカッコウとホトトギスの区別がついていなかったんだとか。それもやむなし。ホトトギスはカッコウ科で、大きさは違うけど格好はほぼ同じ。バードウオッチャーも「カッコー」はカッコウ、「特許許可局(トッキョキョカキョク)」だとホトトギスと鳴き声を区別の手がかりにするそうですが…ホトトギスはあまり鳴かないので、有馬大好き秀吉も「鳴かせてみよう」と躍起になる訳ですね。
そして百人一首軍背番号42で三十六歌仙の一人の元輔さんも
春はをし
ほととぎすはたきかまほし
思ひわひぬるしつ心かな
と、ホトトギスの声に行く春を惜しむ歌を詠んだのでした。現在も5月中旬になると六甲山系へホトトギスが飛来します。
実は元輔さん、「湯は七久里(ななくり)、有馬の湯、玉造の湯」と『枕草子』に記した清少納言のパパなんです。そして任地の肥後=熊本で亡くなるのですが、ここでは才色兼備の女流歌人で、熊本の鼓ヶ滝を詠んだ歌が有馬ゆかりの講談「西行鼓ヶ滝」に出てくる歌のフレーズ「音にきく鼓ヶ滝をうち見れば」の土台になった檜垣嫗(ひがきのおうな)と親しかったとか。実は彼女が清少納言のママという伝承もありますが、元輔さんはその頃ハゲチャビンの後期高齢者でしたからねー。でもそんな噂が出るくらい、カッコウ良い男だったのかもしれません。













