2026年
5月号

神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~ (73)前編 司馬遼太郎

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小説に郷愁を込めて…兵庫にルーツを辿る

先祖の故郷や神戸の友へ

小説『坂の上の雲』や『竜馬がゆく』などで知られる作家、司馬遼太郎(1923~1996年)が亡くなり、今年2026年は没後30年の節目の年である。
司馬と兵庫、そして神戸との〝縁〟は深い。
司馬は1923年、大阪市で生まれるが、祖父の代まで播州広村(現在の姫路市広畑)で暮らしていた、「播州門徒」の末裔である。
播磨が先祖ゆかりの地である―と知った司馬は、播磨地方への関心と興味を深め、この地に深く関わった、戦国時代から江戸初期にかけて活躍した武将、黒田官兵衛を主人公にした人気小説を手掛けている。
タイトルは『播磨灘物語』(講談社文庫)。
黒田官兵衛は、播磨国・姫路に生まれ、豊臣秀吉の軍師として名を馳せ、近年も映画やドラマなどで度々登場する人気の武将の一人である。
そして、彼の妻、光姫は、現在の兵庫県加古川市の生まれ。父は播磨国・志方城主、櫛橋伊定だ。
司馬は、出世欲や名誉欲などを持たず、自然に逆らわずに生きた知将、黒田官兵衛の人格に惹かれて『播磨灘物語』を書いた、と語っているが、この長編小説を読めば、先祖の故郷への愛着を込めながら、官兵衛の人生を辿っていく過程が存分に伺える。
大阪で育った司馬は、同市内の高校を卒業後、大阪外国語学校(現在の大阪大学外国語学部)へと進む。
この連載でも紹介した神戸で生まれ育った直木賞作家、陳舜臣は、同校の司馬の一年先輩である。
司馬が1971年から亡くなる1996年2月まで約25年にわたって連載を続けた紀行文集『街道をゆく』(朝日文庫)シリーズ。『街道をゆく21 神戸・横浜散歩、芸備(げいび)の道』のなかに、こんな一文が記されている。
《私が大阪の語学の学校に通っていた昭和十年代の後半、神戸から通学している学生のなかで、陳姓のひとがふたりいて、どちらも温厚で秀才の評判が高かった。
ひとりは中国語を専攻していた陳徳人氏であった。他のひとりはインド語を専攻していた陳舜臣氏で、陳舜臣氏によると、神戸からの通学組のひとたちがこの同姓の両人を区別するのに、わざわざ陳徳仁氏のほうを、男前の陳とよんでいたという…》
この連載の前・前々回で孫文を紹介した。孫文について詳しく、『孫文と神戸』(陳徳仁/安井三吉著、神戸新聞総合出版センター刊)を上梓し、神戸華僑歴史博物館館長、孫中山記念館館長を歴任した、あの陳氏である。
司馬とふたりの陳氏とは大学卒業後も交流が続いた。
《二十余年前、陳舜臣氏が江戸川乱歩賞を受けたとき、この賞の事務を主掌している講談社のS氏がわざわざ電話で報らせてくれた。
――あなたとおなじ学校だった陳さんが『枯草の根』という作品で賞をうけられました。
陳舜臣氏が小説を書いていることを知らなかった(夫人以外、だれも知らなかったろう)ために、
――それはシナ語の陳さんですか、インド語の陳さんですか。 と、問い直した。S氏は、電話の震動板のむこうで笑いだした。私どもの学校の科目のたて方が珍奇で耳馴れなかったからだろう…》
大阪外国語学校で、司馬はモンゴル語を、陳舜臣はインド語を、陳徳仁は中国語を専攻していた。
ちなみに大阪出身の芥川賞作家、庄野潤三は司馬の二年先輩で英語科専攻だった。

淡路島の原風景

生前、司馬は、野に咲く黄色い菜の花を好んでいた。
この連載で前に淡路島出身の海商、高田屋嘉兵衛を紹介した。
海に面した淡路島の丘に咲く菜の花の描写から始まる小説『菜の花の沖』(文春文庫)は、淡路島で生まれ、神戸の港で操船技術を磨き、未踏の北海航路を開拓した嘉兵衛の一代記だ。
司馬は淡路島や神戸などへ足しげく通って取材し、1979年4月から1982年1月の長期にわたって産経新聞朝刊で連載した。
司馬は大阪の産経新聞文化部長時代に直木賞を受賞し、作家として独立する。
私事ながら私は産経新聞文化部記者、編集委員として大阪本社で長らく勤務していた。司馬は同じ大阪文化部の大先輩にあたる。
産経入社後、私の初任地は岡山総局だった。このときの上司である岡山総局長がよく司馬のことを話していた。『菜の花の沖』の連載時、司馬の担当編集者を務めていたのだ。岡山総局長は司馬が文化部長時代の記者で、司馬の直属の部下だった。
新聞連載が決まり、司馬から「タイトルが決まったで」と連絡があり、総局長が自宅へ向かうと、司馬は和紙に墨でこうしたためていたという。
力を込めた書体で『菜の花の沖』と…。
没後30年を迎えた今年2月12日、司馬の命日「菜の花忌」のために、東大阪市にある「司馬遼太郎記念館」の周辺には菜の花の鉢植えが多数並べられ、来館者たちへ、菜の花の花束が贈られた。
《全島が菜の花の快活な黄でうずまり、その花ごしに浦々の白帆が出入りした…》
司馬が淡路島で見た広大な菜の花の原風景は、司馬文学を愛する人の心のなかで永遠に咲き続けるだろう。=続く。
(戸津井康之)

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