7月号

神戸で始まって 神戸で終る 61
日記との付き合いかた
日記『昨日、今日、明日、明後日、明々後日、弥の明後日』という長ったらしい題名の本を出したところ、編集の田中奈都子さんから、「では次号は日記について書いてくれませんか」というリクエストがありました。
この本は分厚い本ですが、買っていただいた人の大半が、一気に読んだというので驚いています。まぁ1日の文章量が少ないので、つい、明日も、明後日も、と次々と日を追って読んでいただいているように思います。
田中さんは「毎日書かなくちゃいけない」とか「面倒なもの」とか「上手く書かなくちゃいけない」とか妙な強迫観念で、どうも腰が重いようですね。
確かに、日記を書いてみたいという気持ちは、誰にもあるように思います。今年こそ書くぞ、と年末に文房具店で日記帳を買っても、正月だけの三日坊主で、なかなか続きません。僕も毎年のように正月に志を立てるのですが、なかなか実行できません。なぜですかね。
現在僕は、1970年から毎日書いているので、55年間書いていることになります。毎年同じ日記帳を使用しているのですが、そんな日記が55冊並んでいます。
1970年の1月だったかに、交通事故に遭って入院するのですが、この機会に闘病日記でも、と思って書き始めたのが、日記という病気に病みついてしまったのです。習慣というより、もうクセですね。毎日ごはんを食べるのと同じです。ごはんを食べないと死んでしまうように、日記を書かないと死んでしまうのです。日記病という慢性病です。
こうなると、今度は書き続けることより止める方が難しくなってくるのです。僕が日記を書くのは義務ではありません。義務になるとプレッシャーになって苦しいのです。だからごはんのように生活習慣、死なないための生活習慣です。さっきも言いましたが、クセです。なくて七癖のクセです。
日記は誰かのために書くわけではないです。まぁ自分のためですかね。だから上手に書く必要も全くないです。とにかくごはんを止めると死にますから、日記も止めると死ぬと思って、死に物狂いで書いてください―と言ってしまうと、日記はそんなに恐ろしいものなのか、では、最初から書くのは止めましょう、ということになる―そんな人が大半でしょうね。
日記帳があるから書くのだ。日記帳のために書いてあげましょうと、気軽になれば如何でしょうか。なんなら、誰か友だちと日記を始めるとか、交換日記にするとか、あるいは自分が生きている目的は実は日記で、日記のために生きているのだ、だから今日の日記を面白くするために、わざわざどこかに出かけるとか、変わったことをして見るとか、日記のためにわざわざ人に会ってみるとかは如何でしょうか。
日記のために生きるのです。日記のために変わった1日を送るとか、とにかく変わった生活をしてみるのです。自分があって日記ではなく、日記が先にあって、その次に自分があると思ったら如何ですか。自分のことや世の中のことはどうでもいい。とにかく日記が一番だという考えに立ってみることです。日記に振り回されることが、そのうち喜びに変わってきます。
日記のために生きていたことが、ある日、ふと気がつくと、実は自分のために生きていたことに気づきます。日記は、その日の考え、思い、直感したこと、行動したこと、人と話したこと、食べたこと、これらを書くのです。すると、自分の中の悩みは、知らず知らずのうちに、日記が解決してくれます。日記に自分の嫌な部分を知らず知らずに吐き出していることに気づきます。すると、いつの間にかストレスが全くなくなっていることに気づきます。
ストレスは吐き出すことで解消します。ストレスの多い人は、なんでもため込んで、吐き出せてない人です。日記は書くことによって、吐き出そうと思わなくても自然に吐き出しているのです。日記はまるで精神科の先生みたいなものです。いや、もしかしたら神かもしれません。日記神という神かもしれません。ここまで気づけば、あなたは悟ったも同然です。もしかしたら、後光を発しながら街を歩いているかもしれません。日記は、人を解放する装置です。
ここまで書けば、少しは、書いてみようかな?という気持ちになられましたか。日記は「自由」であるということを念頭に置いてください。書きたくない日、書くのを忘れた日は、別に書く必要がなかったのです。何も書かないということが、その日の日記だと思えば気が楽でしょ。そして1ヶ月後に再び始めてもいいのです。今日は1行しか書くことがなければ、それでいいのです。一字でもいいのです。とにかく自由なのです。文房具店に行くと「自由日記」と書いた日記があるでしょう。日記は本来、自由日記なんです。
さぁ、今すぐ文房具店に行って、書いてみたくなる日記帳を見つけてください。文章が書けない日は、買い物の領収書を貼っつけてもいいし、落書きでもいいのです。新聞の切り抜きでもいいじゃないですか。
僕の日記のページを参考にしてください。「横尾忠則現代美術館」学芸員の平林恵さんに、僕の日記の面白いページを選んでもらいました。ではまた来月。

1996年10月30日-31日 シルクスクリーンの試し刷りを日記帳に。写真は自宅の涅槃像コレクション

1984年9月1日−2日
リサ・ライオンとのメキシコ旅行にて。絵葉書を貼り付けています

1993年4月1日-2日
出雲旅行の記録。記念スタンプも御朱印も風景印も日記帳に
美術家 横尾 忠則

撮影:横浪 修
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。
初公開となる自画像や家族の肖像などの最新作に加え、1970年の大阪万博で話題を呼んだ『せんい館』をイメージしたインスタレーション作品も展開されています。
会期:8月24日(日)まで〈予定〉
会場:グッチ銀座 ギャラリー
東京都中央区銀座4-4-10 グッチ銀座7階
グッチ銀座ギャラリー