7月号

神大病院の魅力はココだ!Vol.44 神戸大学医学部附属病院 皮膚科 久保 亮治先生に聞きました。
神大病院皮膚科では専門的に診てもらえなくて患者さんが困っている希少疾患の診療が行われています。「正しい診断を届け、治療や生活サポートに結びつけたい」と言う久保亮治先生にお話を伺いました。
―皮膚科の診療領域は?
肌あれや炎症性の疾患から、皮膚がんや感染症のような死に至ることもある疾患まで、皮膚科で診る疾患の種類は皆さんが想像されるよりも遥かに幅広く、患者さんの年齢層も幅広いです。私は皮膚に症状が出る希少な遺伝性疾患や生まれつきの症状が専門ですので、赤ちゃんや子どもの患者さんが多いです。遺伝子の変化が原因で起こる疾患が何百とあり、患者さんの数は少ないのですが、専門に診てもらえるお医者さんがほとんどなく、どこに行けばいいのか分からず困られています。どんな症状、どんな疾患の患者さんでも早く、正しく診断をして、良い人生を送れるように最善のサポートをしてあげたいと思っています。
―親が発症している疾患は子どもも必ず発症するのですか。
親から子に50%の確率で伝わる疾患もありますが、子に伝わらない疾患も多いです。逆に、全く健康な両親から生まれつきの疾患を持った子が生まれてくることも多いです。何らかの生まれつきの疾患や先天異常を持って生まれてくる赤ちゃんは、世界的にみて約3〜5%です。医学を学べば学ぶほど、健康に生まれてくるのは奇跡なのだと思うようになりますね。
人は基本的にそれぞれの遺伝子を2つずつ持っています。父から1つ、母から1つ受け継ぎます。ある遺伝子の片方の働きが悪いと発症する「顕性遺伝性疾患」と、両方とも働きが悪いと発症する「潜性遺伝性疾患」の2つが主です。皮膚科が関わる疾患でよく知られているレックリングハウゼン病(神経線維腫症Ⅰ型) は前者です。NF1という遺伝子が関わる疾患で、患者さんは問題のないNF1遺伝子と、病気の原因となる変化を持ったNF1遺伝子とを1つずつ持っていて、お子さんにはどちらか片方が伝わるため、50%の確率で遺伝します。ただし、遺伝子にはしばしば新しい変化「突然変異」が起こるので、健康な両親からレックリングハウゼン病のお子さんが生まれてくることも多いです。それは両親のどちらかに原因があるとか、妊娠中に何かしたとかいうものではなく、突然変異は生物に備わったそもそもの仕組みなので、誰のせいでもない出来事です。
一方、2つある遺伝子の両方とも働きが悪いと発症する疾患では、働きの悪い遺伝子を父から1つ、母から1つ受け継いで、お子さんの遺伝子が2つとも働きが悪いと発症します。親は働きの悪い遺伝子を1つ持っていますが、もう1つの遺伝子が正しく働くので発症しません。そんな皮膚疾患に「潜性遺伝性栄養障害型表皮水疱症」があります。
―潜性遺伝性栄養障害型表皮水疱症とは?
皮膚は、「真皮」と呼ばれるコラーゲンの層の上を「表皮」と呼ばれる細胞の層が覆っています。表皮と真皮を繋いでいる7型コラーゲンの遺伝子が2つとも働かないと、真皮と表皮の結合が弱く、肌が擦れるだけで表皮がべろんと剥がれて、真皮がむき出しになります。皮膚だけでなく、口の中や食道の粘膜も剥けてしまい、さらに組織が縮んで食道が狭くなって固形物を食べられなくなり、剥けた皮膚からは体液や血液が流れ出して栄養障害と貧血になります。本当に大変な疾患です。
―皮膚の移植はできないのですか。
残念ながら他人の皮膚を移植しても、拒絶反応が起こるので生着することはありません。ところが、稀に奇跡のようなことが起こります。生まれつきの遺伝子の傷が突然変異によって自然に治った細胞が出現し、ほんの数㎠だけのことが多いですが、ある範囲の皮膚が治って、こすっても剥がれなくなることがあります。その細胞から培養表皮シートを作り、全身の表皮を貼り替えてあげる治療ができます。全身ずる剥けだった皮膚が、擦れても剥けない皮膚に生まれ変わり、がりがりにやせ細っていた体がふっくらとなって貧血も栄養障害も改善してとても元気になります。本当に奇跡を見ているような気持ちです。指が全部お互いにくっついてグーの状態になっている重症例の患者さんが、タブレットなどを使いこなして得意な分野で才能を開花させている、そんな姿を見るのは何にも変えがたい喜びです。
―治療法は進んでいるのですね。
目覚ましく進歩しています。しかし疾患の原因となる遺伝子の傷の重さによって、同じ疾患でも患者さんの状態は一人ひとり異なっています。教科書に載っている表面的な知識だけで対応できるものではなく、遺伝子を調べて、その傷によって細胞に起きていることをきちんと理解し、患者さんの体の中でどんなことが起きているのか、どんなことに気を付けなくてはいけないのかを考えらえる科学的な知識と思考力が必要です。
―遺伝子の傷とは?
遺伝情報はA,T,C,Gの4文字からなる約30億文字の情報です。「本」に例えれば、30億文字が23巻の本に分かれて細胞の中に収まっています。両親それぞれから23巻セットを1つずつ、合計46巻、約60億文字の遺伝情報を受け継ぎます。1つの細胞が分裂して2つになるときは、その60億文字を全部コピーするのですが、稀に誤植や落丁が生じてしまいます。遺伝情報のうち約2%が遺伝子をコードしていますが、そこに誤植や落丁が生じたのが、いわゆる遺伝子の傷です。
―遺伝子の傷によって起きる疾患は多いのですか。
2万数千個ある遺伝子のうち、2024年時点で約7400が遺伝性疾患に関っていることが分かっていて、皮膚科領域だけでも500以上の遺伝子が疾患と関わっていることが分かっています。皮膚や毛の色がうすい白皮症、皮膚が分厚く角質が硬くひび割れる先天性魚鱗癬、皮膚が柔らかく関節が脱臼したりするエーラスダンロス症候群、体の一部分に痣(あざ)ができるさまざまな母斑や血管腫など、たくさんの生まれつきの疾患があります。稀な疾患が多いため、医療機関を受診しても正しく診断されず、さまよっている患者さんもおられます。
―アトピー性皮膚炎も遺伝的要素があるのですか。
特定の遺伝子の傷により発症する「単一遺伝子疾患」とは異なり、アトピー性皮膚炎は「多因子疾患」です。何十もの遺伝子が関わり、さらに環境因子も影響し、悪い状態の皮膚を治さずにいるとどんどん悪化して治りにくくなってしまいます。世の中には正しい情報だけでなく、間違った情報もあふれていますが、惑わされることなく乳幼児期に保湿やお薬できちんと治して良い状態の皮膚を保ってあげれば、アトピー性皮膚炎の悪化を予防できるだけでなく、食物アレルギーや小児喘息の予防にもなります。皮膚科専門医を受診して、処方されるお薬で正しくコントロールして早い時期に治してあげられるかどうかによって、お子さんのその後の人生が大きく変わってきます。なお、お住いの地域の専門医は日本皮膚科学会ホームページの皮膚科専門医MAPで検索できます。
久保先生にしつもん
Q.研究から皮膚科の臨床に戻られたのは何故ですか。
A.基礎研究者として細胞生物学を10年ほど続けていた中で、さまざまな遺伝子や細胞の研究をしていましたが、なかなか体全体のことを調べることができませんでした。そこで皮膚科に戻り細胞生物学の経験を生かしながら、患者さんの体に何が起きているのか、遺伝子の傷が症状にどう結びついているのか、どう治してあげられるのかを研究し、診療に役立てたいと考えました。
Q.患者さんに接するうえで心掛けておられることは?
A.患者さんの心に寄り添いつつ、深刻になり過ぎず、患者さんから笑顔を引き出すことでしょうか。「診察室の中で何を話しているかまでは聞こえないけれど、いつも笑い声が聞こえてくるのが素敵です」と患者さんに言っていただいたことがあります。生まれつきの疾患とつきあっていくことは本当に大変なことですが、正しく疾患の仕組みを理解して、自分の体の中で何が起こっているのかを分かっていただくことで患者さんが得られる安心があります。病気と一緒に暮らしていく元気を育む外来であり、共に闘う診療でありたいと思っています。
Q.神大病院の「良いところ」は?
A.診察後に会計受付機で「後払い利用」をタッチするだけでサッサと帰れる「医療費後払いサービス」です。スマホやパソコンから一度事前登録してしまえば、その後ずっと有効です。診察が終わってからさらに会計で待たされるストレスから完全に開放されます。広く知っていただけたらいいなと思います。
Q.若々しい肌を保つ秘訣は?
A.タバコはシミや色素沈着の原因になるので避けましょう。次に過剰な紫外線を避けましょう。例えば、細かいシワは加齢によるものですが、深いシワの主な原因は紫外線による光老化です。ただし、紫外線によってビタミンDが生成されて骨を頑丈にしていますから、極端に避けるのはダメです。日陰で肌を出して適度に紫外線を受けて、日焼け止めなどで光老化を予防すると若々しい肌が保てます。