7月号

大阪アジアン映画祭特別企画 ③ スペシャル・インタビュー
逃走劇の真相に迫る映画『「桐島です」』
俳優 毎熊 克哉さん
演じたことのない役に挑み続け…主演映画で切り拓く新境地
話題の映画や人気ドラマなどへの出演が相次ぐ実力派。カメレオンのような〝多彩な顔〟で演じ分け、幅広い役をこなしてきたが、7月4日に公開される映画『「桐島です」』では20代から70代までの主人公の人生を特殊メイクに頼らず一人で演じ切った。現在38歳。「正直、難しかったです。40~50代までなら何とかなると思いながらも、それ以上の年齢は想像もできなかったですから」と素直に吐露する毎熊克哉に撮影秘話を聞いた。
重鎮監督からの出演依頼
約半世紀前、日本を震撼させた実話をベースに描いた話題作『「桐島です」』は今年3月、大阪市で開催された「大阪アジアン映画祭」のクロージング作品として映画祭最終日にお披露目され、注目を集めた。
舞台あいさつには日本映画界の重鎮監督、高橋伴明、その妻で女優の高橋惠子も登壇した。
「『「桐島です」』というタイトルを聞いた瞬間、これは凄い作品になる。そう確信しました」と語るプロデューサーを務めた高橋惠子の並々ならぬ意気込みが会場中に伝わった。
「本当なら僕も会場へ駆けつけたかった。でもちょうど、その日は撮影が入っていて…」
主演も脇役もこなす、今、勢いのある〝旬〟の俳優はこう話しながら悔しがった。
映画監督を目指し、広島県の高校を卒業後、上京。映画の専門学校に通い、監督として自主製作映画を手掛けながら、俳優デビューした苦労人でもある。
今回の主演抜擢はどうやって決まったのか。
「まず、脚本が送られてきて、それを読んだうえで高橋監督と会いました」
高橋監督と一時間ほど話し込んだ後、突然、こう聞かれたという。
「それで、結局どうなんだ。この役をやるのか、やらないのか」と。
答えは決まっていた。
「やります!」
それ以外の返答は考えられなかったという。
この日を遡ること16年前のことを毎熊は思い出していた。
「実は僕は高橋監督の映画に出演したことがあるんですよ」
作品のタイトルは『禅 ZEN』(2009年公開)。鎌倉時代の僧、道元の生涯を描いた映画だ。毎熊は若い修行僧の役で出演している。
「エキストラを募集していたスタッフから、『今日、剃髪してくれたら、明日の撮影に参加してもらう』と言われたんです」
いきなり、「今すぐ〝坊主頭〟にしろ」と言われ、どう答えたのか?
「わかりました。すぐに頭を剃ってきます、と即答しました。セリフもない役でしたが」と笑いながら振り返った。
このエキストラから16年後に高橋監督から直接、出演を依頼され、主演俳優の座をつかみ取ったのだ。
実在の人物を演じるプレッシャー
映画『「桐島です」』の主人公は、1970年代の連続企業爆破事件に関わった指名手配犯、桐島聡がモデル。約半世紀にわたる桐島の逃亡生活が、フィクションを交え、詳細に描かれている。
「僕が生まれる前の事件ですから、詳しくは知らなかったのですが、本や資料などで調べました」
高橋監督からは、特に役作りについての具体的な指導などはなかったという。全幅の信頼を得ての桐島役への抜擢だった。
だが、役作りは難航した。桐島については、関係者たちが彼について語った話などはあるが、本人が書き残したり、語った話はなく、手探りでその人物像を辿っていったという。「脚本通りにただセリフを言えばいい。そんな演技はしたくない。自分のなかで桐島像を考え、作り込んだうえで撮影に臨みました」
〝凶悪犯〟と並び指名手配を受け、約半世紀の間、逃亡していたが、その実像を知る者はいないのだ。
「なぜ、彼は逃亡し続けたのか?なぜ、自首しなかったのか?そして、なぜ、死ぬ間際になって『桐島です』と名乗ったのか」
さらに毎熊は考えをめぐらせていく。
「正義感の強い一人の青年が労働問題に目覚め、事件に巻き込まれ、普通の生活には戻れないところまで追い込まれていった…」
20代の青年期から70代の晩年までの桐島の人格が、まるで乗り移ったかのような鬼気迫る臨場感で毎熊が演じ切る。
大阪アジアン映画祭のホールを埋めた満員の観客が、息をのんでスクリーンに見入る姿が強く印象に残った。誰も知らないはずの桐島の真の人間像の一端が、スクリーンから目の前に浮かび上がってくるような迫力ある毎熊の演技に惹き込まれていくのが分かった。
新たな代表作に
今から10年前の2015年、主演映画『ケンとカズ』が東京国際映画祭で上映され、絶賛された。
「このとき小路(紘史)監督も僕も共演者のカトウシンスケさんも、まだ全員無名でした」と毎熊は語るが、フィルムから作り手のエネルギーがほとばしるようなノワール作品は映画関係者や映画ファンの間で評判となり、ロングランヒット。映画賞レースを席捲し、毎熊たちの名は一躍、映画界に知れ渡った。
ところが、こんな驚くべき秘話を語り始めた。
「最初の編集で完成した作品を見たとき、正直これはだめだ」と痛感したという。「映画の道をあきらめて、もう故郷の広島へ帰らにゃあ…と覚悟したんです」と広島弁で苦笑しながら打ち明けた。
小路監督は映画の専門学校の同級生。
「監督も僕と同じ広島出身なんですよ」
ところが、その後、一年以上かけて、小路監督とともに何十回と編集を練り直し、納得のいくまで修正を重ねていった。
そして遂に映画祭へ出品する最終版を完成させた。
小路監督、共演者のカトウシンスケ、藤原季節も、この一本の映画から頭角を現わしていくのだ。
映画俳優としての毎熊の快進撃は続く。映画だけでなく、NHKの大河ドラマ『光る君へ』や連続テレビ小説『まんぷく』など話題のドラマへの出演依頼が殺到する。
それでも、自主製作映画を撮っていたころの情熱、謙虚さを忘れてはいない。
「今でも『ケンとカズ』を僕の代表作だと、多くの人が言ってくれます。それはとてもうれしいのですが、いつまでもそう言われているのは悔しいし、それではいけない。これを越えなければと思っています」と語り、こう続けた。
「これからは、この『「桐島です」』が僕の代表作だと言いたい」
いよいよ7月4日から『「桐島です」』が全国で封切られる。〝俳優、毎熊克哉の代表作の一本〟と呼ばれる日は近そうだ。

20代の桐島聡(左)を熱演する毎熊克哉

撮影協力:第七藝術劇場
文=戸津井康之
監督:高橋伴明
脚本:梶原阿貴
プロデュース:高橋惠子、高橋伴明
出演:毎熊克哉
奥野瑛太 北香那 原田喧太
山中聡 高橋惠子
配給:渋谷プロダクション
©北の丸プロダクション
7月4日(金)MOVIXあまがさき、
7月5日(土)元町映画館、第七藝術劇場ほか、
全国ロードショー!