7月号
連載 ミツバチの話 ⑫最終回
ハチミツ酒ミードとワイン
藤井内科クリニック 藤井 芳夫
ワインのウンチク
私はアルコールに関しては下戸である。弱いくせにワインは好きで時々たしなむ。患者さんに縁あってドイツワインのローテローゼの女将がいて、いろいろワインのウンチクを御教授いただいた。
ワインは収穫したブドウを搾りジュースに酵母を加えると、ブドウ糖がアルコールと炭酸ガスに分解され段々とアルコール度が上がってくる。アルコール度がある程度上がると、自分が作ったアルコールで酵母菌が死んでしまうので発酵が止まる。ドイツワインは甘いワインのイメージがある。実際は辛口のワインがほとんどで甘口のワインは少ないが、日本へ輸入されるワインは甘口が多いということである。また甘口ワインはブドウ糖が完全に発酵しアルコールに変わる前に職人が発酵を止めるからブドウ糖がある程度残り甘口になる。
とにかくいろいろ知識をいただいた。そこでブドウの木を育てワインが作れないかと考えた。カミさんに話すと何を考えているのと一蹴された。調べてみると、ブドウの木は20から30年位経ってようやく美味しいワインのブドウができるらしい。そんなには生きられない。意気消沈していると、カミさんが、神戸市みのりの公社がやっている神戸ワイナリーにオーナーズクラブがあるという。年間2万円程度を支払って、カベルネソービニオンという赤ワインの源の黒ブドウの木一本のオーナーになる制度だ。しかもぶどうの木の樹齢は30年という。年何回かそのブドウの木を世話し、収穫の時は他のオーナーと共に作業をする。といってもほとんどはワイナリーの職員がケアしてくれるのだが、オーナーは美味しいところだけ楽しめるようになっている。収穫祭のときにはオーナーは皆招待され、バーベキューと新作ワインで宴会となる。しかし私にとって、このオーナーズクラブで一番の値打ちは、ホイリゲというワインになる前の言わばドブロクワインを楽しめることである。ホイリゲは収穫したブドウから搾り取ったブドウジュースに酵母を加えた、発酵途中の飲み物である。前述したように酵母はジュースのブドウ糖をアルコールと炭酸ガスに変換する。ブドウ糖がアルコールに変換される途中のためアルコール度はやや低いが、その分甘い発泡ワインである。それがうまい。年によって出来は違うが、それはワインと一緒である。
その昔ホイリゲをコッソリ持って帰ってビンに入れて台所に置いていたが、ある日カミさんが帰宅し台所に入ると、ビンが割れて散乱し床はビショビショになっていた。ホイリゲが泡と共に噴き出して軽く閉めていたビンの栓が固まり、ビンの中の炭酸ガスの圧力が上がって破裂したのだ。ビンが破裂した時に家族が居なかったのは不幸中の幸いであったが、ぞっとした。あとでローテローゼの女将に聞くと、シャンパンに代表される発泡ワインは、炭酸ガスを充填するのではなく、発酵が終わりかけのワインに糖を加え、丈夫なビンに移してしっかり密閉する。ビンの中で酵母が糖をアルコールと炭酸ガスに分解し、外に逃げられなくなった炭酸ガスがワインの中に溶け、あの美味しい発泡ワインになるとのことで目から鱗であった。
ワインやビールよりも歴史が古いミード
8月に収穫したハチミツは暗褐色で甘い。その中で表面が細かい泡があるビンを見つけ、しばらく放置していたら、細かい泡が沢山出てきてクリーム状になってきた。あれ?と思ってなめてみると、味に変化はない。ただ、泡の出ていないビンの香りと比べてみると甘酸っぱい感がある。発酵したらしい。ハチミツは普通、糖度が80以上あるため微生物は生きられないが、8月のハチミツは糖度が十分上がる前に収穫したものかもしれない。泡はある程度増えると消えていき、甘酸っぱい香りは残った。
これはハチミツ酒ではないか?ワインはブドウ糖が酵母によりアルコールと炭酸ガスになることは前述した。ハチミツはブドウ糖と果糖の混合だ。そこでハチミツ酒つまりミード(Mead)を味わってみることにした。ネットで注文したミードは日本製ではなくドイツ製であった。味は梅酒より軽い感じで甘く、アルコール度は12%から13%。コクはもうひとつであったが香りはしっかりハチミツであった。冷やして飲むのがお薦めである。甘いのは梅酒のように氷砂糖を入れているのではなくハチミツの甘味で発酵を途中で止めた製品と思われた。ローテローゼの女将からの知識が生かされている。
ハチミツ酒(Mead、Honey wine 以下ミード)は古代より作られており、ワインやビールよりも歴史が古い。ハチミツを水で薄めて放置していると自然にアルコールができるところから、人類が最初に出会ったアルコール飲料といえる。ミードはハチミツと水、時には果物、スパイス、穀物やホップが加えられて発酵させ、バリエーションに富む。アルコール度は8%から20%で、ハチミツの糖が発酵したもので、スパークリング、ドライ、セミスィート、スィートのタイプがある。
多くの書物には、ミードは農耕が始まる以前、約1万年以上前に何人かの咽が乾いた狩人が雨水で一杯になったミツバチの巣を見つけ飲み干したのが始まりとされる。どうなった?酔っぱらった。人類で初めて。人々はこの心地よい楽しい経験を求め続け、ミード作りが始まった。ミードはケルト人、アングロサクソン、バイキングにも広がり、儀式に使われた。それには不思議な力があり、飲むと寿命が延びたり、健康が回復し、強壮、また作詩能力が向上すると信じられた。そして発酵は予想できないもので、神秘的なものとされ、宗教的な意味をもつようになった。神秘的?ミードはハチミツを水で薄めたものをひと月以上放置して作るので、ハチミツに含まれていた酵母が糖度が下がったために活動できるようになり自然に発酵したのか、空気中の酵母がハチミツ水に落ちて活動したのか、発酵が安定しなかったから結果が予想出来ないから神秘的とされたと思われる。残念ながら、発酵に関しては19世紀になるまで理解されなかったのだ。古代ギリシャではミードは神々の飲み物と信じられていた。一方、養蜂に関しては神話とともにローマの詩人ヴェルギリウスの農耕詩に記述されているが、ミツバチは女神ヴィーナスのシンボルとして描かれている。またギリシャ神話に出てくる音楽や詩歌のパトロンである9女神の召使としても描かれている。ミツバチなしでは多くの花は滅んでしまう点と、ミツバチは多産で女王蜂が君臨している点が女神のめぐみ、女神の召使とイメージされていると考えられる。
ハネムーンとミードの関係
ミードに話を戻すが、honey moonという言葉は新婚夫婦が1カ月間、強壮作用のあるミードを飲んで子作りに励んだというところから来ている。つまりハネムーンはミードと関係がある。しかしhoneymoonを調べてみると面白いことが分かった。その語源は「新婚の最初の一カ月はsweetest」(1546年)とあり、更に、ヨーロッパにおいてハチミツが食べごろで沢山採れる時期は一年で一番甘い季節(honeymoon)と言われ、それは夏至の頃とある。また、honeymoonは新婚さんにとって一緒に過ごす一番甘いsweetestな時期であり、また結婚のお祝いを一緒に過ごす最初の休暇である。ハチミツがいっぱい採れるハネムーンは夏至の頃6月で、新婚のハネムーンはミードを飲む甘い生活であることを考えると、honeymoonとJune Brideは結びつきそうだ。皆さんも話のネタにミードは如何だろうか?ところで我が国では、酒税法で1%以上のアルコールを許可なく製造した場合、たとえ自分が飲むためだけであっても違反になり御用になるのでミードは買っていただきたい。またホイリゲも持って帰ってはいけないので宜しく。
ミツバチの連載は、今回の「ハチミツ酒ミードとワイン」で終了です。お世話になった春井勝さんは中央区医師会の小川達司先生と同級生とのこと。連載を書かせていただいてから、多くの先生方に声を掛けていただき激励して頂きました。1年間有難うございました。この場をお借りして、御礼申し上げます。