2017年
7月号
豊原国周筆 扇の的を射る那須与一(団十郎)

兵庫ゆかりの伝説浮世絵 第四十一回

カテゴリ:絵画

中右 瑛

弓矢の名手・那須与一の墓

 山陽電鉄・板宿駅より北へ約二キロ、妙法寺駅の少し南の萩ノ寺近くに、“那須与一宗高の墓所”がある。那須与一は、源平屋島合戦で「扇の的」の快挙でよく知られ、地元の人たちの間では「与一ちゃん」と呼ばれ親しまれた。毎年、春と秋の彼岸には念仏講の人たちや参詣者で賑わう。
 兄に代りてピンチヒッターの大役を見事に果たして一躍ヒーローとなった与一のエピソードは『平家物語』にも書かれ、そこには平家一族の哀話と、脚光を浴びて颯爽と登場する源氏一族の若武者の華々しさとが、明暗コントラストでもって、源平合戦の移ろいの光景が象徴的に示されている。

 一の谷合戦で敗走した平家は、四国屋島へと落ち延びた。しかし、屋島での陣すら脅かされ、住み家を持たぬ浮き草の如くに、屋島の沖合いを舟に揺られ波に漂う毎日であった。
 一の谷合戦からちょうど一年目の文治元年(1185)二月、磯辺では義経軍が陣取り、沖で赤旗をなびかせる平家軍団を見据えながら、決戦の機を待った。
 その時、沖合から平家の一艘が、源氏軍勢の前に姿を現した。帆さきに日の丸の軍扇を掲げ、若き官女が
 「扇の的を射よ!」
と差し招いた。
 「誰か、あの扇を射落とす者はいないか!」
 義経は家来に号した!
 これを受けて、我こそ「扇の的」を射落とさんと、騎馬の若武者が汀に進み出た。しかし、扇を射落とすことは至難のわざ。波はうねり、「扇の的」は揺れている。
 「南無、弓矢八幡菩薩……」
若武者は目を閉じ、心の中で祈願。すると一瞬、「扇の的」はぴたりと静止した。源平の双方がかたずをのんで見守るなか、若武者の手から鋭い音を発して鏑矢が飛び、沖の扇を見事に射落とした。扇は夕陽にきらめきながら空高く舞い上がり、風にもまれて、ひらひらと散っていった。
 「やった!」
 周囲からドーッと歓声があがった。屋島の浦には歓呼の声がこだまし、双方の武者たちは血が高ぶるのを覚えた。源氏勢はもちろんだが、平家勢もまた、船べりをたたいて褒め称えた。これを合図に、屋島合戦は切って落とされたのである。
 この衆人注目の若武者こそ、弓矢の名手・那須与一宗高である。下野国・那須太郎資隆の十一番目の子で、このときわずか十七歳だったという。当初、畠山重忠が「扇の的」を射るべく指名されたのだが、重忠は脚気を理由に辞退し、畠山の推挙で与一の兄・十郎為隆におはちが回ってきたが、これも一の谷で負傷したので、与一はそのピンチヒッターを務め、見事その大役を果たした。
 その後、与一は、その恩賞として、丹後、信濃など五ヵ荘を頼朝から賜ったが、建久元年(1190)十月、二十二歳で死んだとされている。

 与一は一の谷に向かう途中、妙法寺の北向八幡宮に立ち寄ったことがあった。義経一行が鵯越を過ぎた頃、一天俄かにかけ曇り、風雨激しく、一帯が闇夜の如くなった際、鷲尾三郎や与一が北向八幡宮に一心不乱に祈願、すると忽ちにして晴れ渡ったという。
「扇の的」を射落としたのも、弓矢の神・北向八幡宮のおかげだと、その後、与一はお礼参りに再び訪れたが病に倒れ、同地で帰らぬ人となった、と伝えられているが定かでない。墓所があるのは、その伝説による。
 与一の「扇の的」の武勇伝は、たびたび芝居に取り上げられた。

 この図は、“明治の写楽”といわれた豊原国周の筆で、明治十八年十一月に興行された狂言「那須与一」のシーンが描かれている。与一役は、九代目市川団十郎。団十郎の力強い矢捌きの豪姿、馬の鋭い形相は、リアルに描かれ、緊迫感が漲っている。

豊原国周筆 扇の的を射る那須与一(団十郎)

中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。

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