2017年
7月号

兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第七十四回

カテゴリ:医療関係,

社会保障の歴史─
その成り立ちと変遷について

─社会保障の制度はどこではじまったのですか。

吉田 社会保障制度は、18世紀以降の産業資本主義社会の発展を前提に必要となってきた社会的しくみといえます。その背景には産業革命がありますので、社会保障制度もイギリスが起点となりました。イギリスではもともと、救貧法という労働無力者を救済する制度がありましたが、これが社会福祉の歴史の中で最も古い制度とされています。18世紀後半から19世紀初頭にかけて、産業革命により人口が都市に流入します。大英帝国が繁栄をきわめた一方で都市労働者は劣悪な労働条件の中で働き、労働団体が結成されその中での共済として福祉がおこなわれるようになります。1883年にはウェッブを中心にフェビアン協会が結成され、社会主義的思想のもと失業を発生させないような政策、国民に最低限の生活水準を維持するだけの所得保障(National Minimum)を唱え、やがて第二次世界大戦後のベヴァリッジ報告に受け継がれました。

─ベヴァリッジ報告とはどんなものでしたか。

吉田 1942年に提出され、戦後の再建計画として英国民に広く受け入れられました。その内容は、社会保障は国家と個人の協力により達成されるべきで、行動意欲や機会、責任感を抑圧してはならないという考えに基づいています。強制的拠出による社会保険を基本として、社会保険の拠出もできない人には公的扶助を用意し、さらに、最低限以上の備えを自発的に用意することを奨励しました。社会保険による保障の前提として、児童手当・包括的医療サービス・完全雇用の達成を国家の役目としています。ここから国営の医療サービスであるNHSが生まれました。イギリスではこのベヴァリッジ報告とケインズ経済学が組み合わさり、福祉国家へと発展していったのです。

─社会保険制度もイギリスが発祥ですか。

吉田 いいえ、ドイツがその先駆けで、ドイツ統一を実現したビスマルクによって実現しました。1880年代に疾病保険、労働災害保険、傷害老齢保険を整備していきました。被保険者は民間企業の労働者に限定され、所得比例方式の拠出・給付方式を導入しています。国家が統制する社会保険制度により労働者は保護されるようになった反面、雇用主により労働者を抑制することが可能になり、雇用主を守るためのツールとも考えられます。

─福祉大国と言えば北欧ですが、なぜそうなったのでしょうか。

吉田 スウェーデンの歴史をみていきましょう。スウェーデンはもともと冬の寒さが厳しい環境にある農業国で、相互扶助精神が強いところです。19世紀後半に産業革命がおこり都市への人口流入が増えて貧困が増加、アメリカ大陸への移民が大量に発生して高齢者が残され、早くから高齢化社会を経験することになります。そのような背景から1889年に社会民主党が結成され、長い間政権を担当します。そこで国家が国民の親の役割を果たすという「国民の家」構想が生まれたのです。戦後になると福祉国家の実現のためには経済力が必要であるという発想のもと、経済成長のために労働力確保から女性の就業が求められました。ゆえに父親が稼いで母親が家庭を守るという伝統的家族制度が崩壊し、国家が国民個人個人の親の役割を果たすべく高福祉・高負担へと進んでいったのです。

─やはり産業革命が社会保障と大きな関連があるのですね。

吉田 各国を比較すると、産業革命がイギリスからはじまり、大陸ヨーロッパ、さらに日本へ伝わるにつれ、社会思想が生まれて社会保障が構築されていく様子がよくわかります(図1)。第二次大戦後にヨーロッパを中心として経済発展と社会保障の発展が合致して成長した国がたくさんあらわれますが、それらを福祉国家といいます。特に1960~1970年代初頭にかけて社会保障により国民の購買力が向上、さらにケインズ理論により雇用が拡大し、社会保障と経済成長が両立して発展していきます。

─しかし現在、福祉国家が危機を迎えているのはなぜですか。

吉田 1970年代のオイルショックをきっかけに経済成長が鈍化して福祉財源が失われ、その一方でモラルハザードにより福祉に頼りきってしまう人も出てきて、国家の経済的競争力も低下していきました。しかも経済のグローバル化により多国籍巨大企業が出現し、その誘致のため税金を軽減する国家間競争となり、社会保障の財源がさらに減少しました。また、医療が普及することにより国民の健康が向上し、医療費がかからなくなると思われていましたが、医療技術が進歩して寿命が延び、疾病形態が慢性病へと変わってきて、医療費がどんどん膨らんで、社会保障費用が膨れ上がるということがおこりました。そこで、逆に社会保障を縮小して規制緩和を促す新自由主義の政策が出現しました。これにより、失業者の増加や所得格差、公的サービスの低下がおこります。格差社会の出現です。

─社会保障は各国でどのような違いがありますか。

吉田 社会保障は背景となる社会状況が違うことから、国により違った形で成立してきました。デンマークの社会学者、エスピン・アンデルセンは福祉レジーム論として図2のように分類しています。アメリカやオーストラリアなど自由主義国家では国家の補償を小さく限定して市場に任せる方針です。保守主義といわれる大陸ヨーロッパ各国ではビスマルク型を継承し、格差を維持した制度となっています。北欧諸国では社会民主主義の立場から、国家が普遍的に補償する方式です。イギリスは自由至上主義と福祉国家主義の結合を目指す「第三の道」とよばれる政策をとっています。日本はいずれにも当てはまらない独自の方式であるとアンデルセンは分析していますが、このようにレジームを比較・検討することは、今後のわが国の社会保障制度に大きな示唆を与えるでしょう。

図1) 社会保障制度の歴史:各国の比較

図2) 福祉レジームの比較 エスピン・アンデルセンによる

兵庫県医師会医政研究委員
吉田病院 院長
吉田 泰久 先生
〈2017年7月号〉
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