2024年
7月号
『GOETHE』2021年9月号 「特集 最高の仕事を生む椅子」(幻冬舎)に掲載された写真 撮影:鈴木拓也

神戸で始まって 神戸で終る ㊾

カテゴリ:文化人, 現代美術

言葉は一番エラいのか?

今回、編集部から与えられたテーマは『言葉』です。
 言葉を多様にあやつるように話す人、内容がなくてもペラペラ喋る人は、学校でも会社でも評価されているように思います。特に、論破する人はカシコイと思われています。言葉を優位にあつかう人の前では、沈黙せざるを得ない。このような言葉の飛びかう日常の中で、何か言葉に対する意見は?と問題提起されてしまったのですが、僕は子どもの頃から口べたで、人前で話すのは今もニガ手です。言葉コンプレックスとでもいうのか、思ったことが言葉にならないのです。ということは、思うことがないのかもしれません。思うことがなければ、言葉になりません。
よく喋る人は思うことの多い人なのかもしれませんね。思いをひとつひとつ言葉に置きかえることで、その人は自分という存在を確認しているのかもしれません。なかには、いちいち自分を確認する必要のない人もいます。それはそれでいいのです。それがその人の生き方ですから。よく喋るからその人が立派な人で、社会的に認められる人とは思いません。喋らないことで立派な人もいるはずです。
こんなエピソードがあります。ある人が川端康成さんに講演を依頼しました。ところが川端さんは、喋るのはニガ手だからと断りました。すると依頼した人は、「チラッと顔だけでも見せていただければ結構です」と。
そして講演の当日、川端さんはステージに出ていって、「こんな顔でもよければ見てください」と一言、言ったきり、とうとう一言も話されなかったそうですが、この無言こそ多弁であったのです。観客は驚きながらも感動したのです。これは実話です。
多弁でペラペラとよく喋る人がいますが、ただ言葉が多いだけで、まあ本人は陶酔しているのでしょうが、聞き終わったところ、何にも心に訴えるものがなかったという講演もあります。僕も一度、講演を得意とする知り合いの小説家の講演を聞いたことがありますが、まるで、立て板に水を流すように、台本に書いてある文章をなぞっているだけでした。この作家はどこへ行っても同じ話をしているのではないかと思わせるような、まるで芸人のような話し方でありました。
これは講演ではなく何かの会に行った時。無理矢理ひっぱり出されて、挨拶をさせられた人が、この人はある程度、有名な人でありましたが、話が全く下手で、本人も壇上で、あがりっぱなしでしたが、そのとつとつとした話し方に感動した人が多く、その人は話し終わるとどこかに消えてしまいました。
だから、話の上手な人が必ず立派な人物であるかどうかは疑問です。その人のありのままの姿が、感動を与えることがあります。普段日常的な話が、ただただ言葉が多いだけで、何の内容もない人もいます。そのような人と対面しなきゃいけない時は、フンフンとうなずくだけで、心はそこにおかず、別のことを考えてその時間を流してください。相手と対等であろうとする気持ちが強いと、ついこういう相手に嫌悪感を感じますが、このことがかえってストレスになるので、早々に適当な理由をつけて、この場から立ち去るのも手だと思います。
僕は絵を描く時、一番邪魔になるのが自分自身の観念です。だから、観念を言葉で封じるために、普段から頭の中を空っぽにする訓練をしています。観念と言葉に振り回されると、絵が描けないのです。絵は単に、描くという思いだけで描くようにしています。
観念と言葉は、他者の考えの模写に過ぎません。暗記の得意な人が知識人で教養人です、と、そんな風に思えても、その人は自分の肉体を通して体験していないので、人の考えを暗記して、それをさも自分の考えのように勘違いしているに過ぎないのです。頭で考えるのではなく、自分の肉体を通して、様々なことを体験し、その体験の中から生まれた言葉と生き方が、その人の考えであります。
言葉の豊富な人は、単に言葉をアクセサリーにしているだけで、そのような人と話したら、この人は軽い人だと思って、長時間共有することはないです。さっさと適当な理由をつけて、引き上げた方がいいです。そして、その人に好かれる必要もないのです。時には人を断捨離する必要もあります。できるだけシンプルな生活にした方がいいです。
物知り博士を信用する人は、自分もどこかでその人と同化しながら、その人に憧れているのかもしれませんよ。自分は自分、自分らしい生き方をするのが、自分にウソのない正直な生き方ではないでしょうか。右を向いても左を向いても、現在はあらゆるメディアで言葉を露出しすぎています。さも言葉が一番エライ、人生の目的は言葉人間になること、それが一番エライと思っているのではないでしょうか。
子どもはみんな、正直で無垢で素朴です。それ故に純粋です。純粋な心から発している、子どもの言葉には嘘がないのです。そういう意味では、子どもになる生き方が、最も理想ではないでしょうか。芸術の創造の中核は、インファンテリズム(幼児性)です。芸術が人を惹きつけるのは、この幼児性です。言葉ではありません。
一度、考えや言葉から離れる生活をしてみては如何でしょうか。芸術作品は、鑑賞者の言葉を封印する魔力があります。ところが現代は、芸術は語るものであると主張する傾向があります。これは間違いです。素晴らしい芸術作品の前では、自らが言葉を失う経験をしたという人も沢山います。言葉以上の何かがあるのです。それはきっと霊性という存在ではないかと思います。

「この私の考えの続きはどうぞご自分のテーマとして考えてみて下さい」
『言葉を離れる』(講談社文庫)のあとがきより
本書は講談社エッセイ賞を受賞

ポスター(デザイン:横尾忠則)

『GOETHE』2021年9月号 「特集 最高の仕事を生む椅子」(幻冬舎)に掲載された写真 撮影:鈴木拓也

撮影:横浪 修

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。

横尾忠則現代美術館(神戸市灘区)にて『横尾忠則 寒山百得展』開催中。
2024年8月25日(日)まで。

横尾忠則 現代美術館

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