2024年
12月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.49 女優・歌手 伊藤 蘭さん

カテゴリ:, 文化・芸術・音楽

新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第49回は、5年前の2019年、ソロ歌手として復活、日本のミュージックシーンを再び賑わしている伊藤蘭が登場。昨年、『キャンディーズ』として歌手デビュー後、50周年を迎えた。51年目の今年、新たな目標を胸に全国ソロツアーに挑んでいる。

文・戸津井 康之
撮影・服部プロセス

行けるところまで行く……
プレッシャーをはねのけ、幕を開けた新たなステージ

再び立つステージ

「このステージはアウェー(敵地)ではなくホームグラウンド。ファンの方達は昔から応援してくれていると思うと、遠い親戚のような気持ちになることがある。年代的には、いとこ…という感じでしょうか」
デビュー51年目の夏。
8月25日、大阪・フェスティバルホールで全国ツアー『伊藤 蘭 ~Over the Moon~ コンサートツアー 2024-2025』が開幕した。
ツアータイトルにもなっている新曲『風にのって~Over the Moon』や『キャンディーズ』の大ヒットナンバー『春一番』『年下の男の子』などを約2時間、歌いあげた感想を聞くと、意外にもこんな答えが返ってきた。
「はじめは、途中休憩を入れず、一気に最後まで歌う予定だったんです。リハーサルで歌ってみると、アッパー(ハイテンポ)な曲が多くかなりの疲労度だったので〝やはり休憩を入れた方がいいですね〟と提案したのは実は、私と最年長のバンマス(バンドマスター)の佐藤準さんの二人だったんです」と笑いながら教えてくれた。
そう打ち明けた後、「でもお客様には、それでよかったのかしら?」。こう聞かれたので、「〝ベテランの親衛隊〟のみなさんにも途中休憩はありがたかったようでしたよ。熱狂的な応援で疲れ果てていたので…」と答えると、「そう、それならよかった!」とほっとした様子で笑顔を弾かせた。
半世紀にわたり、ずっと応援してきてくれた全国にいる〝いとこ〟たちのために心を込めて歌う…。
キャンディーズ時代、なぜあれほどまでに多くのファンに親しまれ、国民的アイドルとして君臨してきたのか。なぜ、突然の解散を多くのファンが悲しんだのか。
今でもファンを家族のように大切に気遣っている優しい笑顔を目の当たりにし、その理由が氷塊した。
大阪でのツアー開幕の様子を会場で取材したが、伸びやかな歌声は全盛期から不変。というより、年齢を重ねた歌声は力強さは増していた。混声ではないソロの歌声を一音一音まで繊細に、聴く者の胸に届けようとする気迫に満ちあふれていた。さらに切れのあるダンス、華やかなステージの演出など、エンターテインメントの一時代を築きあげてきたスターの真髄を見る思いがした。

神戸でのバースデー

大阪を皮切りに、仙台、愛知、熊本など全国6会場のステージを終え、来年1月はいよいよツアー後半戦のスタートだ。
1月は前半戦とは違った意味合いと重みが加わる。
「実は京都の1月12日は〝バースデー前夜祭!〟、翌13日の神戸は〝バースデーライブ!〟というサブタイトルがつけられているんです」
つまり神戸公演が開催される1月13日は伊藤蘭の誕生日なのだ。
「特別な意味を持ったコンサートになりそうで…」
そう待ち遠しそうに語る表情は少し照れくさそうでもあった。
今から5年前。2019年に歌手活動を再開した。
それ以前からも再デビューを求める声は多かったはずだ。
復活の理由を聞くと、「確かに何度も復活を呼びかける声をかけてくれていました。そして5年前。これが最後のチャンスかもしれない。この時期を逃したらもう歌うチャンスは来ないのかもしれない…。そう思って復帰を決意しました」と打ち明けた。
全盛期から変わらない歌声とダンス。再開したコンサート活動では十二分にそれを証明してみせたが、こんな本音も吐露した。
「新曲のレコーディングを行ったときです。いざ、マイクの前に立つと、のどの調子が悪くなって…」
コンサートのバンマスであり、このときレコーディング・ディレクターを務めた佐藤準が、「心配しないで。歌手にはよくあることだから」と声をかけてくれた。
「準備万端で臨んだつもりでしたが、プレッシャーはやはり隠せなかったのだと思います」
しかし、そんなプレッシャーを跳ねのけて歌い上げた楽曲は、ソロとして新たなスタートを切った新生、伊藤蘭の復活ののろしをあげるメッセージソングとして往年のファンにも受け入れられた。
昨年リリースされたシングル『Shibuya Sta. Drivin’ Night』、そして最新シングル『風にのって~Over the Moon』はキャンディーズ時代とは一味違った、都会的で落ち着いた大人の雰囲気が漂う楽曲に仕上げられていた。

キャンディーズへの思い

コンサートでは、新曲の魅力はもちろんだが、『春一番』など、お馴染みのキャンディーズのヒット曲のイントロが流れると、親衛隊は当時と変わらぬかけ声と振り付けで応援し、会場一帯が盛り上がる。
「次は、ミキちゃん(藤村美樹)がリードをとっていた曲ですが、今日は私がそのパートを歌います。『わな』です。お聴きください…」
大阪でのコンサート。こんな説明から歌い始めた『わな』は、改めて『キャンディーズ』の存在感をファンに思い起こさせるようでとても感動的だった。
そう話すと、「キャンディーズの曲を歌うことでみんなが喜んでくれるのはとてもうれしい。でももう二度と三人が揃うことはないんだと改めて感じさせてしまっていたとしたら…と、ふと気になることがあります」と戸惑うように答えた。
三人の一人、〝スーちゃん〟の愛称で親しまれた田中好子は2011年、病気により55歳で他界した。
臨終の際、病室で3人だけで過ごした。
「最期はミキちゃんと私でスーちゃんを看取りました…」
ソロであろうと、今、伊藤蘭が『キャンディーズ』の曲を歌うことで、三人が歌っていた姿をいつでもファンは頭に思い浮かべることができる。
そして、その思い出は永遠へとつながっていく…。
5年前のソロでの復活は宿命だったのかもしれない。

新たな伝説

ソロ歌手としての復帰の前から、映画やドラマ、舞台で女優として活躍してきた。
「歌と同様、演じることが大好きなんです。歌よりも得意と言えるかも(笑)」と語る。
1980年に公開された映画『ヒポクラテスたち』(大森一樹監督)では医学生を好演し、賞レースを総なめにした。同じ年に公開された山田洋次監督の『男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』では寅さんのマドンナ役を務め話題を集めた。また、降旗康男監督の『少年H』(2013年)や福澤克雄監督の『祈りの幕が下りる時』(2018年)など、日本を代表する名匠たちから相次いで指名され、重要な役に抜擢されてきたことからも、女優として培ってきた信頼度、実力の高さが分かる。
「映画にドラマに舞台。女優のお仕事はずっと続けたいと思っています」
映画ファンにはうれしい宣言である。
そして気になるのが、歌手としてのソロ活動の今後だが…。
「いつまで歌うか?こうしようとは決めてはいません。ただ、行けるところまでは行きたい。そう思っています。あくまで自然体で…」
『キャンディーズ』の伝説を伝承しながら、ソロ歌手としての新たな伝説は始まったばかりだ。

伊藤 蘭(いとう らん)

1973年、キャンディーズのメンバーとして歌手デビュー。1978年、キャンディーズ解散。1980年、映画『ヒポクラテスたち』(大森一樹監督・作)に主演し、本格的に女優活動に復帰。以降、・舞台『太陽2068』作:前川知大 演出:蜷川幸雄(2014年)、『子供の事情』作・演出:三谷幸喜(2017年)・映画『少年H』降旗康男監督(2013年)、『祈りの幕が下りる時』福澤克雄監督(2018年)・テレビ 木曜劇場フジテレビ開局50周年記念ドラマ『風のガーデン』(2008年)、木曜ドラマ『DOCTORS 最強の名医』(2011・2013・2015年)、日曜劇場『この世界の片隅に』(2018年)などに出演。2019年5月、歌手としてソロデビュー。

『伊藤 蘭 ~Over the Moon~ コンサートツアー 2024-2025』
神戸公演 バースデーライブ!

日時:2025年1月13日(月・祝)17:00開演
会場:神戸国際会館こくさいホール
詳しくはコチラ

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