2017年
6月号

連載エッセイ/喫茶店の書斎から⑬ 書き込みから

カテゴリ:文化・芸術・音楽

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

 わたしは勝手にこの人の門人と称している。兵庫県文苑の長老、宮崎修二朗翁。95歳になられるが頭脳は今も明晰だ。が、近ごろ足腰がとみに弱くなられ、書斎を離れての施設暮らしがもう一年半になる。毎月何本か書いておられた連載も打ち切られた。そして最近ついに、蔵書を処分してしまわれた。ご自分の著書までも、名著『環状彷徨』一冊のみ残してすべて。もうあの鬱蒼とした書籍の森へは帰らないと覚悟を決められたのだ。最近頂いたハガキにこうある。
《ヨミとカキを一年以上断絶してますと、このままで人生を終えるのかな?(略)資料がなくなると、手足をもぎ取られたような(略)かつての蔵書を回想しています。》
 覚悟を決めて処分はされたのだが、やはりお寂しいのだ。

 その処分された蔵書がもう古書市場に出回っており、その内の一冊が早くもわたしの手元に回ってきた。
 『関西おんな』(文研出版・昭和43年)。神戸在住の詩人で作家でもあった足立巻一(けんいち)先生の宮崎翁への献呈署名本。足立先生の懐かしい文字だ。
 『関西おんな』は、当時大活躍していた関西の女性を足立先生がインタビュー取材して書かれたミニ評伝のようなもの。村山リウ、望月美佐、坂本スミ子、鴨居羊子など錚々たる女性が15人登場する。こういうものを書かせたら、足立先生の右に出る者はない。
 ここでカバー裏に書かれた足立先生についての、尾崎秀樹氏(評論家)の文を引いておこう。

《足立巻一は七つの顔を持った詩人である。
忍術や立川文庫研究のエキスパート、本居春庭の研究家、ルポライター、テレビのプロデューサー、旅の文章家、そして石をたずねる詩人がそれだ。
しかしいずれに対しても関西人らしいど根性が一本通っているところが、彼の持味であろう。
私は彼の幅広い教養と鑑識眼がどこから生まれるか、その秘密を探ってみたい誘惑を拒むことができない。
おそらくそのナゾは関西の土壌と人情の機微にふれることでときほぐせる、ある種の肌合いからきているに違いない。
彼に接した人は、だれしもその独特な風貌と人間的魅力の虜となるが、さらに一歩踏み込んで彼の詩域にまでふれると、深く啓蒙されることが、少なくない。それは彼が生粋の詩人であることを証明する。
『関西おんな』の世界を探る彼の筆は、その詩魂にふれて理解されなくてはなるまい。》

 尾崎氏、的確に足立先生のことを紹介しておられる。
 この本をお送り下さったのは、毎日のように古書店めぐりをしておられる無類の本好き、M氏。
 わたしはすでに架蔵しているが、M氏はそれを承知でお譲り下さったのである。それには標題紙に宮崎翁の興味深い書き込みがあったからだ。M氏はそれをわたしが喜ぶと思われたのだ。ハイ、大いに喜びました。
 それは鉛筆で書かれたご自分のための走り書き。薄くて読みづらい字だが、わたしはなんとか読み解いた。
《肩書きがあるばかりに慢心して、やがて自叙伝でも(代筆させて)公刊しようという俗物人だけではなく、誰もが氏に人間分析をしてもらって、自己探求を確認再認なさってること。》
 そして別に「人物天気図」「読書新聞」などと読める書き込みがある。これはどこかへ載せる書評のためのメモということであろう。
 内容はいかにも宮崎翁だ。翁はお若い時から、自己宣伝の強い人を嫌われたのだ。それがこのメモに滲み出ている。
 それで思い出すことがある。
 この本は一九六八年の発行だが、後に足立先生は『思想の科学』という雑誌に無名人の半生の評伝を連載された。一九八五年のことである。「生活者の数え歌」と題されたそれは、当時足立先生が選者をしておられた「神戸新聞」読者文芸欄へ詩を投稿する人たちの中から選んでのもの。わずか七回、四人で終わったのだが、それが先生の絶筆となった。
 その二人目の取材に、わたしはお供をさせて頂いた。その時先生は「最終回にはあなたのことを書かせてな」とおっしゃった。当時、子どもをモチーフに書くことが多かったわたしを最終回に取り上げて、明るい話題で締めようと思っておられたのだ。だけどわたしは良い返事をしなかった。実はわたしは明るいだけの人生ではないからである。先生に取材されたら、人に見せたくないものまでもが曝される気がした。わたしには自己宣伝以前の問題であった。それとも先生は、そこをも見抜いておられたのだろうか。

今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

〈2017年6月号〉
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