10月号
桂 吉弥の今も青春 【其の十八】
野田さんの話
このコラムの原稿はだいたい一ヶ月前に締切りとなっているので、ちょっと先取り感覚で書いているくらいがちょうどいいんじゃないかと思っている。もちろん先月のなでしこジャパンのように、いつまでも語り継がれていくであろう話題の時はいいのだが、せっかく読んでもらったのに「古い」との感想を持たれたくないのだ。
さて、今回は野田佳彦首相の話を書こうと思うのだが、皆さんの目にこの文章が届く頃には「古く」なってないかと心配になる。もちろん辞任なんてことはないだろうが、自分の国の総理大臣の一ヶ月後を心配をしなければならないなんて不幸ではあるまいか。
最近の首相の顔を思い浮かべると『この人はこんなことをやってくれた』よりも『この人は何をやったんだろう』と思ってしまう。個々に調べればあれやこれやと出てくるんだろうけれど全く浮かばない。漢字が読めないとか記者に逆切れするとか宇宙人だったとかマイナスの記憶はたくさん出てくるが。「この人はこんなことやっちゃった!」これが日本の首相のキャッチフレーズみたいになっている。首相が変わる度に短い任期と下がってきた支持率とやっちゃったエピソードがマスコミに取り上げられるのだ。
もうホントにそろそろ、ちゃんとやってほしい。
今回の民主党代表選挙の前評判は海江田さんか前原さんで決まるということだった、それが野田さんに決まったとのニュースを聞いて、急にひょこっと出てきたように私は思えたのだ、不思議。決め手は演説で、とても良かったということだったので、早速見てみた。
野田さんはほとんど手元の原稿を見ないで話す、前にプロンプターみたいなものはいないようだったから、ちゃんと話すことが頭に入っているんだなあと思った。今も検索すれば見ることが出来るので他の候補の演説と比べてもらいたい。ちらちらと手元に目線を落として話していると伝わるものも伝わらない、まるで誰かに気を使って言葉を選んでいるように感じるのだ。
よく人前でスピーチするコツは?と質問されるのだが、まず手元に原稿を持たないほうがいいですよと答える。目と目が合わないと人は聴いてくれない。音楽の場合もそうで、譜面を前に置くのと置かないのでは圧倒的に伝わるものが違うと私は思う。私が仕事させてもらっているラジオも、しゃべり手が原稿を読みながら話しているか目線を上げて話しているかリスナーさんにはわかる。ラジオショッピングで「ああこれは美味い」と原稿に書いてあっても、やっぱりちゃんと目の前にある商品を食べて「うまい」と言わないと嘘になるし、実際の売れ行きも変わってくるらしい。ラジオだからマイクの前でどんな風に話しているかは見えないのに不思議なものだ。
特に議員の場合は、あれも言おうこれも言おうと詰め込みすぎることがある。どうしてもと頼まれて落語会の前に地元議員さんの挨拶があったりするのだが、これが大抵長い。落語を楽しみにしているお客さんの前で自分の信念をとうとうと述べて、結局観客の頭に何も残らない。さっと挨拶を終わらせて、自分も客席で一緒に笑ってたほうがよっぱど好感度が上がるのに。
野田さんは地元の駅前で何十年と街頭演説を続けていたらしい。いまどういうことを皆が聴きたがっているか、ちゃんと分かっていたんだと思う。
長年やっていると喋ることもワンパターンになってくるだろうし、道行く人も足をとめてくれないだろう。「どうしたら聴いてもらえるか」と試行錯誤したに違いない。野田さんの話し手としての実力は相当凄いと私は思った。
自分の尊敬できる部分があるということで、実は野田首相には期待をしている。お願いだ、このコラムを読んだ人がぷっと吹き出してませんように。
KATSURA KICHIYA
桂 吉弥 かつら きちや
昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説 「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」 土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」 水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」 月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」 土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞