10月号

絵のある風景
文・蓑豊
兵庫県立美術館 館長
第4回 フィリップス・コレクション
アメリカの首都ワシントンDCの、各国大使館が多く位置する閑静な高級住宅街のNW21番街に、ダンカン・フィリップス氏の邸宅はありました。その邸宅が1921年秋に、美術館「フィリップス・コレクション」として公開されました。オープン時は、200点の近代絵画を集めた美術館で始まりましたが、1930年までにさらに300点が収集されました。フィリップス氏は審美眼の持ち主で、エル・グレコから始まり、ギュスターヴ・クールベの名作《ムーティエの岩》、エドワール・マネの傑作《スペインの舞踊》を収集することとなり、印象派の重要な作品を次々と手に入れ、彼は1923年の時点で、アメリカのプラド美術館を想定していました。
特筆するのは、1880年頃に描かれたルノワールの最高傑作と言われる《舟遊びの昼食》が1923年に収集されたことで、それによってフィリップス・コレクションは一躍世界が注目する近代美術館となりました。そのほかの主な所蔵作品には、エドガー・ドガの《憂想》、クロード・モネの《ヴェトゥイェへの道》、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの《道路工夫》、《アルルの公園の入口》、ポール・ゴーギャンの珍しい静物画《ハム》、ポール・セザンヌの《ザクロと洋梨のあるショウガ壷》、ピエール・ボナールの《開かれた窓》、《棕欄の木》、パブロ・ピカソの円熟味あふれる作品《横たわる人物》、マティスの《エジプトのカーテンがある室内》などがあります。
1950年代になると、フィリップス氏は現代美術に興味を持ち始め、精力的に収集を開始します。中でもロスコ、デ・クーニング、マーク・トビーそして岡田謙三の名品が集められました。フィリップス氏は1966年に亡くなりますが、没後、ギャラリーは大きく拡張されました。今ではワシントンDCの癒しのスポットとして人気を集めています。これもフィリップスご夫妻の夢だったことでしょう。
フィリップス氏は1926年に書かれた本の中で「私は絵画のコレクションを作ろうと思った。芸術家がモニュメントや装飾を作るときと同じように、全体像をイメージしながらひとつひとつのブロックを正しい位置に積んでいくようにして」(出展:『フィリップス・コレクション展』、森アーツセンターギャラリー、2005年)という一節を書いています。

「悔悛の聖ペトロ」 El Greco (Doménikos Theotokópoulos, 1541–1614) The Repentant St. Peter, ca. 1600–05 or later Oil on canvas 36 7/8 x 29 5/8 inches Acquired 1922 The Phillips Collection, Washington, D.C.

「ヴェトゥイェへの道」
Claude Monet
The Road to Vétheuil, 1879
Oil on canvas; 23 3/8 x 28 5/8 in.
The Phillips Collection, Washington, D.C.

「憂想」
Hilaire-Germain-Edgar Degas
Melancholy, late 1860’s
Oil on canvas; 7 1/2 x 9 3/4 in
The Phillips Collection,
Washington, D.C.

「ムーティエの岩」
Gustave Courbet (1819–77)
Rocks at Mouthier, ca. 1855
Oil on canvas
29 ¾ x 46 inches
Acquired 1925
The Phillips Collection, Washington, D.C.

「アルルの公園の入口」
Vincent van Gogh (1853–90)
Entrance to the Public Gardens in Arles, 1888
Oil on canvas
28 ½ x 35 ¾ inches
Acquired 1930
The Phillips Collection, Washington, D.C.

「ハム」
Paul Gauguin (1848–1903). Still Life with Ham, 1889. Oil on canvas; 19 ¾ x 7 7/8 in.
The Phillips Collection ,Washington, D.C.

「ザクロと洋梨のあるショウガ壷」
Paul Cézanne
Ginger Pot with Pomegranate and Pears, 1893
Oil on canvas; 18 1/4 x 21 7/8 in.
The Phillips Collection, Washington, D.C.

蓑 豊 (みの ゆたか)
兵庫県立美術館 館長
1977年 米国ハーバード大学文学博士号取得
1988年 シカゴ美術館 東洋部長
1996年 大阪市立美術館 館長
2004年 金沢21世紀美術館 館長
2005年 金沢市 助役
2007年 サザビーズ北米本社 副会長
2007年 大阪市立美術館 名誉館長
2007年 金沢21世紀美術館 特任館長
2010年 兵庫県立美術館 館長