6月号
「絆」が創出した名建築 浦太郎邸|連載 神様に愛された地、夙川 ⑤
夙川の東にある建石筋沿いに、ル・コルビュジエのアトリエで研鑽を積んだ建築家・吉阪隆正が設計した邸宅がある。四角い箱が浮き上がるような構造、色鮮やかな格子窓、遊び心のあるピロティは、コルビュジエ建築の特徴を今に伝えている。
建石筋沿いに、緑濃いゆるやかな傾斜を生かして愛らしい家が佇んでいる。浦太郎邸だ。
この建物は、吉阪隆正の設計。吉阪は1917年生まれで、若くしてフランスでル・コルビュジエの薫陶を受けた。国際的素養に裏打ちされた知性と、大地の鼓動を汲むような野性的な感性をもち合わせた稀有な建築家で、その作品はモダニズムという尺度では計り知れない創造性や斬新さ、造形の妙を湛えている。登山や冒険を愛し、行動する建築家としても人々を魅了。早稲田大学で教鞭を執るなど尊敬を集めていた偉大な教育者でもあったが、1980年に63歳で没したのが本当に惜しい。
浦邸はそんな吉阪の代表作のひとつ。構造体は2つの正方形を45度でクロスさせ、凸部が四辺にもある。壁の一部は煉瓦だが、その積み方により外壁に煉瓦が飛び出ているように見えるユニークなフォルムだ。ピロティの構造や玄関ホールの原色鮮やかな格子のデザインは、師であるコルビュジエのエスプリを感じさせてくれる。雨が降ると庇の穴から滝が生まれ、噴水のある舟形の池に水が落ちるという仕掛けに遊び心が。
内部空間もまた独創的だ。LDKは天井が高く、大きな窓から光が差し込み、至る所にある通風窓から涼風が抜ける。スポットライト風の照明も面白い。和室は黒壁で空間が引き締まり、草庵のような風情がある。
この家の主、浦太郎氏は高名な数学者。若かりし頃留学先のフランスで、コルビュジエのアトリエで研鑽を積んでいた吉阪と出会った。その後も友情を深め、やがて浦氏が吉阪に設計を依頼してこの邸が建てられた。建物には浦家家族6人と吉阪の手形が今も残っている。
友を想い、その家族を想う。高い芸術性を秘めるこの素晴らしい作品は、冷たいコンクリートで築かれながら、温かな吉阪の気持ちがにじみ出ている。
※個人宅のため非公開。