6月号
連載 ミツバチの話 ⑪
ミツバチが絶滅したら、人類は生きられない
藤井内科クリニック 藤井 芳夫
ミツバチのポリネーターとしての重要性
外来患者さんで家庭菜園をされている方がいる。時々収穫した野菜や里芋を持ってきてくださり頂いたことがある。その患者さんによると、ここ何年か果物、とくにキウイフルーツやアケビを育てているが、ほとんど果実が実らないという。どうも受粉がうまく行っていないようだ。今年は人工授粉をしようと思っているが、手間がかかって大変と嘆いていた。周囲の環境が農薬を沢山使用することにより、授粉を担っている昆虫が少なくなったのが原因と考えられる。
さて、昆虫とりわけミツバチは野菜や果物の受粉に大きく貢献していることは以前述べた。神戸市北区の二郎には県道沿いに生産者による二郎イチゴ販売ブースが並んでおり、その後ろのイチゴハウスの中にはミツバチの巣箱が置かれており、ミツバチによる授粉が行われている。イチゴの温室栽培が始まったのは1960年代であるが、当時は形のいびつな奇形果が多く、受粉が不十分であることが原因と分かった。そこで授粉のためミツバチが導入され、現在の様にきれいな形のイチゴができるようになった。今ではほとんどのイチゴがミツバチの働きにより受粉されている。この成功によりメロン、スイカなど温室栽培にミツバチの活用が進み、屋外の果樹園での活用と繋がっている。リンゴ、ミカン、ビワ、アンズ、キウイフルーツ、ブルーベリー、ブラックベリーなど枚挙にいとまがない。
ミツバチのこのような仕事はポリネーターつまり送粉者と訳されている。もちろんポリネーターの仕事はミツバチだけではない。例えばトマトはマルハナバチでないとできないという。私たちの食料の約3分の1が受粉、ポリネーションが必要とされている。
さて、ミツバチが絶滅したら人類は4年と生きられないとはアインシュタインの近代化による環境悪化に対する警告と知られている(If the bee disappears from the surface of the earth, man would have no more than four years to live. No more bees, no more pollination, no more plants, no more animals, no more man.)。ミツバチはあらゆる食物連鎖の頂点にある人類に大きく貢献しているのは間違いない。私のような趣味で養蜂をしている者にとってはハチミツや蜜蝋が嬉しい収穫物であるが、プロの養蜂家にとってハチミツや蜜蝋、ポロポリス、ロイヤルジェリーによる収入は全体の数%に過ぎず、ほとんどの収入はミツバチを農家にレンタルし管理することから成り立っている。
ミツバチとガーデニング
外来患者さんの話に戻そう。家庭菜園で果物を収穫できなかったのは、患者さんの庭にミツバチを始めとしたポリネーターがいなかったからだ。では、どうすればいいのか?海外の文献を読んでいたらこんな一節があった。Attract honeybees into your yard by planting a bee friendly garden. Your vegetables will thank you. ハチの好きな植物を植えて、ミツバチを庭に呼び込もう。野菜が喜ぶよ。とこんな具合だ。これはイギリスのある大学付属植物園の職員が書いているが、「我が家の裏庭にミツバチが来てほしいと考えるなら、ミツバチが好きな花を植えることだ。花蜜と花粉をエサにし、裏庭にミツバチの住処を作ってやれば、ハチミツも収穫できるようになる。」とある。それにはまず庭を無農薬の状態でミツバチの好む花を育てることによりミツバチや他のポリネーターにとって居心地の良い場所を提供することだ。ハチが好む庭園を作ろうと思うなら、
1)植える植物を選ぶ。
欧米の種屋さんで販売されている花や果物のリストには、これはミツバチが好むとか蝶が好むとか書かれている。季節毎に安定した蜜源となるような花を選んで植える。例えば英国の植物園つまりイングリッシュガーデンにはハチがよく来る庭、蝶がよく来る庭が設定されている。
2)農薬は出来るだけ使わない。
ミツバチや他のポリネーターがいなくなってしまう。例えばある種の殺虫剤は少量でもミツバチの方向感覚や航行能力を狂わせ自分の巣に帰れなくなる。また巣に帰っても仲間の蜂に悪影響を与え、巣のファミリー全体の存亡に関わる。
3)ミツバチ(social bee)や単独で暮らすハチ(solitary bee)に雨露をしのぐシェルター(住処)を提供する。
英国の植物園ではミツバチのコーナーがアトラクションとしてあり、メインテナンスが簡単なsolitary beeのためのストローを束ねたような巣が売られている。その昔、日よけに使われていたヨシズや、藁ぶき屋根の軒先で、藁束の茎の断端から蜂が出たり入ったりしていたのを覚えているが、そんなイメージの巣だ。
4)ミツバチや他のポリネーターの生活環境を整え、ポリネーターが卵から成虫になるまでのライフサイクルをサポートする。
これらはイングリッシュガーデンを作るコンセプトともいうべき事である。一方、イングリッシュガーデンを含めガーデニングという園芸の手法は1990年代に我が国に輸入されたが、ミツバチを始めとしたポリネーターに関してはガーデニングとセットになっているにもかかわらず輸入されなかった。残念なことに、それは形だけの輸入で、その歴史的背景やミツバチやポリネーターに関しては全く理解されていなかったからだ。欧米では植物園や街の本屋さんでも「A Guidance of Honeybees’ Garden」、つまり手引書が売られている。そして、午後3時のティータイムに自家製の蜂蜜を使ったスコーンやクッキーでお茶を楽しむことが最高の贅沢となっている。
日本では「アブ蜂取らず」と嫌われているのに欧米ではミツバチは身近な存在である。主な理由はキリスト教会の存在だ。教会は人が沢山集まるところであるが、その祭壇に灯す明かりとしてミツバチの巣から採った蜜蝋で作ったロウソクを捧げてきた。そのために教会では、ハチミツを採るためだけでなく、蜜蝋を採るためにミツバチを飼っていた。教会が生活の中心となっていたヨーロッパでは、ミツバチが人々の身近な存在になっており、ヨーロッパの文化とミツバチは非常に深い関係がつくられている。
欧米では、養蜂は文化のひとつ
さて文化のことを英語でCulture(カルチャー)というのは周知のことだが、これと連携して、Agriculture(農業)、Horticulture(園芸)、Floriculture(草花栽培)、Apiculture(養蜂)がある。Apiはミツバチのことである。スペイン語、ポルトガル語でも Apicultura(アピクルトゥーラ)といい、同じく文化という意味がふくまれている。つまり、欧米では養蜂は文化のひとつとして認識されている。ミツバチ、養蜂、ガーデニング、文化とご理解いただけたでしょうか?文化人の嗜みのひとつとしての養蜂は農業、園芸、ガーデニングとの関連から考えてセットになっており大切なものと思われますが、みなさんはいかが思われるでしょうか・・・。Floriculture(草花栽培)、Apiculture(養蜂)がある。Apiはミツバチのことである。つまり、欧米では養蜂は文化のひとつとして認識されている。ミツバチ、養蜂、ガーデニング、文化とご理解いただけたでしょうか?文化人の嗜みのひとつとして、養蜂は非常に大切なものだと思っているが、さてみなさんはどう思われるでしょうか…。