2016年
1月号
創業90年を記念して製造された「潤一郎 細雪」

谷崎潤一郎が愛した老舗

カテゴリ:グルメ, 芦屋

御菓子司 杵屋豊光

阪急電鉄「芦屋川」の北側にある「御菓子司 杵屋豊光」。ここには谷崎潤一郎と関わりの深い、
「細雪物語」という銘菓で知られている。今でも地元の方々から愛されて続けている。

 阪神間モダニズムはさまざまな文化が百花繚乱とばかりに花開いたが、文学では谷崎潤一郎がその代表格であろう。昨年で没後50年、今年は生誕130年と昔の人のように思えるが、今も芦屋の地には彼の残り香が漂っている。
 芦屋川駅北側の商店街にある御菓子司杵屋豊光。地元の人に「杵屋さん」と親しまれているこの和菓子店、実は谷崎とゆかりが深い。
 もともと谷崎がこの地に縁を持ったのは、懇意にしていた弁護士がいたからだという。「その方はこの先の高台、大阪湾を見下ろせるものすごいええところに居はりましてね」と語るのは、杵屋の二代目のご主人、内藤充康さん。「大正9年に阪急電車が開業し芦屋川駅ができまして、谷崎先生は芦屋川駅を降りて、和服に下駄履きでこの前を通って弁護士さんのところへ通ったんです。その頃谷崎先生は二人目の奥さん、丁未子夫人とうまくいかなかったようで、いろいろと面白くなかったんでしょう。でも弁護士さんのご夫婦と話をすると、非常に明るい表情に戻られたそうです」。
 そんな縁がやがて谷崎の人生を変え、やがて名作を生む土壌となる。「その弁護士のご夫人は、松子さんの友達だったんです。その頃松子さんは人の奥さんだったのですけど、谷崎先生と話が合うのではないかと。それで松子さんを芦屋に呼び寄せて。松子さんは大阪から阪急で芦屋川の駅で降りて、人力車でこの前を通って弁護士さんの家へ行ったようです」。谷崎と弁護士夫妻、松子さんとも古典文学、古典芸能に造詣が深く、家元とのお付き合いも非常に広く親密で、地唄、文楽、狂言、京舞等、そんな谷崎作品(『春琴抄』『細雪』等)に滲み出てくるような話題の内容で、ずいぶんと話が盛り上がったのだろう。そう、この松子さんこそ、やがて谷崎の妻となり『細雪(ささめゆき)』の「幸子」のモデルになった谷崎松子である。
 谷崎は杵屋を大変愛顧していたそうだ。和菓子には大きく京風と江戸風に分かれるそうだが、杵屋は東京で修行した職人の技を受け継いでいる。谷崎は東京生まれの江戸っ子ゆえ杵屋のお菓子が口に合ったようで、昭和9年(1934)頃から数年ほど毎週のように届けたという。
 そんな杵屋の看板商品が「細雪物語」だ。北海道産の小豆を銅鍋で丁寧に炊き、小豆の皮を取り除いて手絞りしたこし餡を求肥(ぎゅうひ)で包み、それを丸い最中生地でサンドしたお菓子で、餡の上品な甘さと求肥のやわらかさ、最中生地の香ばしさが谷崎文学のような美しいハーモニーを奏でる。「昭和24年(1949)、私の父が京都にいらっしゃった谷崎先生を訪ね、喜ばれた味をもとにして〝細雪〟という菓子をつくらせてほしいとお願いしたところ、旨いものを頼むと激励されたんです」と内藤さん。以降、細雪ゆかりの芦屋銘菓として愛され、「細雪」の舞台公演などの際には東京や大阪の劇場からも注文があるという。
 内藤さんの父は頑固な商人で、戦争の混乱で砂糖が入手できない終戦の頃、世間にはサッカリンなど人工甘味料を使った和菓子がよくあったそうだが、杵屋は砂糖が入るまで一切お菓子をつくらなかったそうだ。今も変わらぬその実直な姿勢と高い品質が信頼を培い、一昨年創業90年を迎えた。それを記念して「潤一郎 細雪」という、薯蕷羹(じょうようかん)で雪と桜吹雪を表現した美しい商品もラインナップ。上品な甘さと心地よい食感、そしてすっきりとした後味。谷崎が生きていたなら、きっと絶賛したに違いない。

谷崎潤一郎と松子さんの婚礼の一葉


創業90年を記念して製造された「潤一郎 細雪」


谷崎との出会いから生まれた「細雪物語」


上品なこし餡を求肥で包み、最中で挟み込んだ「細雪物語」


今でも多くの方が、「細雪物語」を買い求めていく


阪急電鉄「芦屋川駅」の北側にお店を構え、90年が過ぎた

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