2016年
1月号
「東錦昼夜競 和泉式部」楊州周延筆

兵庫ゆかりの伝説浮世絵 第二十三回

カテゴリ:絵画

中右 瑛

書写山に残る和泉式部の歌塚

 書写山円教寺の一隅には、木多家や榊原家、松平家など、姫路城歴代の当主たちの霊廟がある。
 木多家霊廟には、忠勝、忠刻、それに忠刻と千姫との間に生まれたのだが夭折した不運な子・幸千代が祀られ、榊原家霊廟には、あの吉原の遊女・高尾太夫を身請けしたことで風流大名と謳われた榊原政岑が祀られている。
 その他には、宮本武蔵の養子・三木之助と、その家臣・宮田角兵衛の墓がある。武蔵のお話は“姫路城異聞”で伝えたが、その子・三木之助は父から二刀流を学び、のち忠刻の小姓となり、父に代わって主君に剣道を教えた。寛永三(1626)年に忠刻が病死したとき、二十三歳の三木之助も殉死した。宮田角兵衛も後を追ったという。
 千年の歴史を秘める円教寺には、その他、さまざまな奇妙な伝説がある。名人・左甚五郎が彫ったと伝わる力士像のエピソードがそれだ。

逃げ出した左甚五郎の力士

 重要文化財となっている開山堂外隅に、左甚五郎作と伝わる力士像がある。この力士は重い屋根を必死に支えているのだが、しかし四隅のうち北西の一隅には力士がいない。ある夜、屋根の重みに耐えかねて逃げ出したという。今は三力士しかいないのは、そのため。逃げた力士は、宍粟郡一宮にいるという。日光の“眠り猫”、あるいは“守り竜”が夜な夜な池の水を飲む…というのも、その一つである。
 この開山堂の近くに、和泉式部の歌塚がある。ここには開祖・性空上人と和泉式部との和歌にまつわるエピソードが伝わる。

和泉式部が参籠する

 秀でた多くの恋歌をのこした王朝の女流歌人・和泉式部は宮中一の美女で、奔放な恋愛遍歴でも有名である。その和泉式部が三度も嫁し、各地を転々としたのち、遂に書写山にも参籠したことが伝わっている。
 『御伽草子』によると、和泉式部は愛欲の世界に溺れ、多くの男性遍歴ののち、この世の無常を悟り、性空上人のもとで修行することを決心し、播磨の国・書写山にまでやって来たのである。
 ところが性空上人は、和泉式部に会おうともしない。というのは、上人は弟子どもから変な噂を耳にしていたのである。
「近々、都から、男を誑かす鬼女が来る…」
というのである。
 “鬼女”すなわち、和泉式部のことであった。修行僧にとっては、美しい“貴女”は邪心を起こさせる“鬼女”とも思えたであろう。難を逃れるため、上人は
「誰にも会わぬ…追い返せ!」
 と言って、仏堂に籠もってしまった。
「はるばる都から、上人さまをお慕い申して、ここまでやって来たのに…なんて惨いことを」
 と嘆き悲しむ和泉式部は、歌を詠じた。
   くらきより
      くらき道にぞ 入りぬべき
     はるかにてらせ
       山のはの月

 歌の意は、
「無明の疵に沈んだ迷い多き女に、山の端の一筋の月光のように、み仏の光を投げかけてください…」
 上人さまを月にたとえ、愚かな女を救ってください――という懇願の歌文だった。
 「それほどまでに自分を慕って、険しい山にまで来てくれたのか…」上人はひどく感激したのである。
   日は入りて
      月また出でぬ たそがれに
    揚げて照らす
       法の燈

 仏の道を多少こころえた和泉式部への、上人の返歌だったのだ。和泉式部の参籠を許し、仏法を説いて聞かせた…。この二人のやりとりは、仏法を説くとき、しきりに使われるという。
 この二人の不思議な縁のエピソードを伝えているのが、歌塚の石塔である。

「東錦昼夜競 和泉式部」楊州周延筆

■中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。

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