2012年
12月号
島京子さんの著作

神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 芸術家女星編 第35回

カテゴリ:文化・芸術・音楽

剪画・文
とみさわかよの

小説家
島 京子さん

出身地・神戸で文筆活動を続ける島京子さん。『渇不飲盗泉水』で芥川賞の候補に上がったこともあり、『神戸暮らし』など軽妙で辛口のエッセイも人気。神戸エルマール文学賞を創設するなど、後進を育てることにも力を注いでおられます。いつも忌憚なき口調で語る島さんですが、情に厚い一面もお持ちです。木曜日恒例、島さん主宰の通称「カレーの会」は、文筆家はじめ、大学教授、芸術家、記者、行政マンなど、多種多様な人の集まる晩餐会。「この店(ラッセホールのリビエラ)が苦戦してると聞いて、せめて週1回でもお客になって盛り上げてやろうと思って始めた」そうです。2003年10月から、ずっと続くこの会にお邪魔して、お話をうかがいました。

―文筆を始められたのは?
若い頃、神戸で小さな新聞社に勤めてて、小説家の島尾敏雄さんの取材に行ってた。島尾さんらが同人誌『VIKING』を創った頃、島尾さんの奥さん(小説家・島尾ミホ)に言われて、小説らしきものを書いたのが始まり。来し方、生い立ちを書いた『砦の中の人々』、割に面白かったと思うわ。その後、富士正晴(『VIKING』創刊者のひとり)の世話で、昭和34年に初めて新聞に書評を書いて、それが評判とって11年続いた。その後はエッセイの仕事の方が増えたな。
―持ってまわったような文章を書く人を、「読者に迷惑かけたらあかん」とたしなめたこともおありとか。確かに、島さんの文章は歯切れがいいです。
私は雑文稼業で、著書はエッセイの方が多いけど、まあ読みやすいんちゃう?貝原前知事に、「島さんの文章は牽引力がある」と言われたこともある。漢学者だった父親の影響かな、漢文が好きでね。漢文は簡潔にして、伝えるべきことを伝える、実に明快やろ。 新聞小説は毎回一か所、読者を惹き付けるところを作るとか、テクニックもあるけど、基本は文章やね。ギクシャクして読みづらい文章では、どないもならん。
―小説は、「事実から書くもの」とおっしゃっていますが…。
佐藤春夫が「小説は何をどう書いてもよいが、素材はすべて事実なければならない」と言うてる。小説は事実を、自分の感性で膨らませて書く。ただし、事実を事実として書くのではなく、そこに表現というものが必要となる。文筆家は、「これは書いとかなあかん、今まで誰も触れなかった素材だ」と思って、表現を考え抜いて書く。書いたらすぐ、「既に誰か書いていないか?」と気になる。創作する人間はそういうもんなんやで、それで普通や。盗作する人は他人の表現をそのまま使いよる、信じられん。最近は、ことばに潔癖でない人が増えた。
―いわゆる「私小説」ではない、「フィクション」も事実=作家の体験が下敷きになっているのでしょうか?
フィクションの「私」は、必ずしも作者の「私」ではないんやけど、評論家でも惑わされるらしいわ。事実に即して書くんやから、そう思われるのも無理ないけど、作者自身のことを書く「わたくし小説」は、日本独特のもの。自分のことなら書けると思ってチャラチャラ書く人もおるけど、とんでもないで。小説はそもそも、西洋のロマン主義に始まるんやから、きちんと“個人”が書けてないと。自分と向き合って、自分に踏み込んで書くのが小説や。
―阪神・淡路大震災を経験されていますが、体験に基づく小説は書かれていませんね。
そんなもん、書けへんわ。私は岡本に住んでるけど、近所では若い夫婦が子どもをかばったまま、壊れた家に潰されて亡くなった。いきなり子どもや親と死に別れた、そんな話が周りにいっぱいやのに、安易に書かれへん。体験したことを、そのまま書けばいいわけではないんやで。ことばを扱う者は、鈍感ではあかん。あれほどの出来事に遭うたら、慎重になって当然やわ。
―易々と筆は運べない、と。ご自身も親の立場を経験されていますが、母親時代はどんなおかあさんだったのでしょう?
女手一つで、放ったらかしの子育てやったわ。子供らが朝起きて来たら、まだ机でものを書いてる母親やった。それ見て育ったもんやから、長女はしっかり者で、生徒会長してたくらい。でも娘が中2の時、学校の先生から呼ばれてね、「子供さんが、もっと面倒見てくれ言うてます」と言われた時は、ちょっと反省した。もう少し、優しくしてやったらよかったな。
―どこまでも文筆家ですね。ものを書くということは、つまり?
ものを書くということは、精神状態をよくする。現実と向き合って、自分と直面するから、厄介事でも避けないで考える能力を高める結果になる。認識とは、物事のポイントをつかむこと、即ちものごとの核心をキャッチすること。ものを読んだり書いたりしていると、鋭くなるで。年寄りが尊重されるのは、何かに直面した時に、過去の体験に照らして判断できるから。それは、本を読んでる人も同じなんやな、本で得た知識で判断ができるんや。
―文筆家として、そして女性として、夢かなえた人生と言えますか?
夢言うたってそんな、小説家になろうなんて、大それたこと思う人おらへんで。私はたまたま、こうなったけど…。性差はあんまり考えへんわ。そんなにガツガツと生きてへんのよ、私は。仕事も拡張せず、食べていけるだけでやってるし。偉そうにして男ぶって生きてる女ほど、口開いたら「女・女」言うて、女であることを売りもんにしてたりする。ああいうのは嫌やな、別に男や、女やって意識しない、自然な生き方でええと思うよ。
(2012年10月4日取材)

島京子さんの著作

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員、KCC講師。

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