2012年
12月号

桂 吉弥の今も青春 【其の三十一】

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

目のはなし

角膜上皮剥離という診断書を眼科で初めてもらった。
最初は結膜炎から始まったのだが、目の充血がひどくなっていき、ある日その赤くなっている左目が激痛に襲われた。涙がぽろぽろ流れて止まらない、まばたきをする度にとんでもない嫌な痛みがドーンドーンと左目に走る。仕事先からタクシーに乗って帰ったが、途中で薬局に寄ってもらい大量のティッシュペーパーや痛み止めを買った。後部座席で止まらない涙を拭いながら薬を飲み、なんとか道を説明し家にたどり着いた。眼科の開いている時間ではなかったので医者に見てもらうことも出来ない、というよりも家に着いて玄関にへたりこんでしばらくは動けなかった。自分の部屋に行く力も無い、洗面所で手を洗うことも辛い、眼科が開いていたとしても行けなかったと思う。
うちの嫁さんは昔神戸の児童館で働いていた時に角膜上皮剥離を経験している。一緒に遊んでいる時に子どもの指が目に入ってしまったそうだ。この病気、いや怪我というべきか、読んで字のごとくなのだが目の表面が傷つくだけでなく剥がれてしまう。嫁さんが「痛い、辛い、目が開けられない」とぼやいていたのをよく覚えている。私の痛がってる様子を見て「私と同じやつ、やってしもたんちゃう?かわいそうに」と心配してくれた。「痛いやろ、もう目開けてられへんやろ、明日眼科に行くとしてもう寝たら」と。やっぱり昔に同じ痛みを経験している分とても優しい。こういう時に結婚していて良かったと思う。
布団に入って寝た、いや気を失うようになってしまった感じ。目が覚めた、しかし痛みはそのまま左目は開かない。だいぶ寝たなあもう朝かしらと時計を見るとまだ午後十一時、布団に入ってからまだ一時間しか経ってない。「ええ?こんな痛みと戦いながら朝まで寝られへんのか俺は」と思ったらよけいに痛みが増してきた。俺はもうこのまま死んじゃうかもしれへん。うーうーと唸っていたら、嫁さんにびしっと言われた「そないに唸らんでもええ!痛いのは分かってる、死んだりせえへん。私もやったから分かってる、はよ寝なさい」同じ怪我をやったことがあるのも考えものだ。
翌日の眼科では先生が私の目を見たとたんに「うわーこれは痛いやろ」と最初の診断書をくれた。結膜炎で弱った目が、治っていく時に少しキズが出来たりするらしいが、それが大きくなりまとまって上皮がぺろんとめくれたらしい。私の聞いた感じはそうだった、なにしろまぶたは腫上がって診断の為に目を開けるのも一苦労、明かりを当てられただけで強烈に痛かったので、先生の言葉も朦朧とした意識の中で聞いていたから。
「どうやったら治るんですか」これだけは聞いておかねば。「めくれたところがじわーっと周りから張っていくのを待つしかないんよ」と目薬や目に入れる軟膏をもらって帰った。
とりあえずテレビの生放送の仕事は休ませてもらった、ラジオやナレーションの仕事はなんとか大丈夫か・・・落語はどないしょう。眼科でもらった眼帯をして高座に上がった、お客さんはありがたいもんでちゃんと聞いてくれて笑ってくれはる。「初めは大変やなあとか辛いやろなあと思ったけど、途中から気にならなかったわ」なんて言うてくれる、お大事にとお見舞いを手渡してくださる・・・方はいてなかったが皆さんあたたかく見てくれた。
ちょうどハロウィンの時期だったので海賊のコスチュームで使う黒の眼帯が売っていた、紐が一本のやつ。それを買ってきて手拭いを切ったり貼ったりして和柄の眼帯を作った。
白地に千鳥、白地に青波、エンジの細縞などなど。二席しゃべる時には眼帯もお色直し、これはなかなか好評だった。
治るまでの二週間ほど、そうやって落語が出来た。仲間の噺家も「落語ってほんまええ商売やなあ」と。私もほんとそう思う。お客さんも眼帯落語なんて見られてええ記念になったわと言うてくれはるが、やっぱり引っかかるものはあったと思う。しんどい時の吉弥も引き受けて見てやろう、顔を見ると眼帯してて辛そうやから今日は聴いて楽しんでやろうと思ってくださるお客さん達、それを可能にしてくれる落語という芸に感謝である。
そして、目をわずらって気づいたことも沢山あった。「私は白内障の手術したんよ、目は大事にしいや」と声をかけていただいた方が大勢いらした。白内障だけではない、皆さんいろんな目の病気と付き合い克服しておられる。目がしんどいからラジオを楽しみに・・・とのハガキももらった。
駅など人の多い所で、眼帯をしている左側から走ってきた人とぶつかった。遠近感がつかめないから階段の一段目を踏み外したり、コンビニでおつりを受け取りにくかったり。いろんな事情を抱えている人がどこにいてるか分からない、もっと人に優しい行動をしないとあかんなと思った。
とにかく皆さん身体に気をつけて、汚い手で目をさわらない擦らない、早寝早起きいたしましょう。あ、これ、うちの嫁さんから私が言われた言葉です。

KATSURA KICHIYA

桂 吉弥 かつら きちや
昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説
「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」 土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」 水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」 月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」 土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞