2012年
12月号
初山滋の絵本(文・木下順二)

触媒のうた 22

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字 ・ 六車明峰

宮崎翁、若き日の国際新聞時代は、とにかく会社が貧乏で苦労したと。
「予算がなくてね。でも新聞に連載小説がなくては格好がつかないので、上司から『なんとかせェ』と言われまして、秋田実さんに泣きつきました。すると秋田さんは、『キミ、困ってるんやろなあ。わかった』と言ってロハで書いて下さいました。忘れもしない「メエメエハナハナ」という題でした。挿絵はイワタタケオ(本誌2011年10・11月号参照)でね」
秋田実、本名林廣次は、東京大学インド哲学科出身で、戦前から左翼文壇で活躍し、戦後は「上方漫才の父」と呼ばれた漫才作家。育てた弟子や見出したコンビには、秋田A助・B助、ラッパ・日佐丸、エンタツ・アチャコ、蝶々・雄二など枚挙にいとまがない。その秋田さんに宮崎翁はことのほか可愛がられておられたのだ。
「毎朝一番の電車で京都まで原稿を頂きに行くんですよ。明け方で、まだ書いてないということがよくありましてね、なんとかその場で書いて頂きました。『あっ、書きすぎた。君、電車の中で縮めといて』というようなこともありました。センテンスは短いほど読みやすい―推敲のコツがお陰で身につきました」
当時大いに売れっ子だった秋田さんが無償で小説を書いたとは信じられない。が、本当だったのだ。秋田さんには「君、漫才作家にならないか?」と誘われたこともあったと。「けどぼくは、森光子さんと漫才をやりたかったんで…」と笑われる。
「ぼく、なぜか年上の人たちに可愛がられましてね、だから、九十路に入って気がついたら懇意にして頂いていた文化人がみな亡くなってしまっておられて、淋しいことです」
さらに、こんなことがと、
「国際新聞時代ですが、『中国読みもの』という月刊雑誌の編集長を創刊から命じられました」
宮崎翁、まだ二十歳代。大抜擢といっていい。
「金は出すというんで、早速東京へ行き、当時の一流の書き手にお願いしました」
初めに頼んだのが野尻抱影。1885年~1977年。天文学者、随筆家。「冥王星」の命名者でもあり著書多数。
「この人に気に入られましてね、兄も紹介してあげようと言って下さった。作家の大仏次郎さんです。でもぼく、『いや今回は野尻さんだけで』と。ほかにも村上知行(中国文学翻訳家)や波多野鼎(経済学者)、西川満(作家)など一流どころに執筆依頼しました」
そして出てきた名前が初山滋である。
1897年~1973年。本名、初山繁蔵。柳田國男の『こども風土記』の挿絵や小学校の国語教科書の表紙に使われるなど、童画作家として一世を風靡した画家である。いわさきちひろが敬愛し、東京の「ちひろ美術館」には初山の作品が展示されているという。今も絵本は流通していて、わたしは、『ききみみずきん』(岩波子どもの本・文木下順二)と『おそばのくきはなぜあかい』(同・文石井桃子)の二冊をこの度、版を重ねた新本で孫のために購入した。
「表紙絵は初山滋さんで行こうと考えました。お家に行ったら奥様が、二階にいますとだけで…。夏でした。初山さんは木綿のちゃんちゃんこを着ておられて、下は褌姿でした。あちらを向いて絵を描いておられた。ご挨拶しても返事もされない。たまにチラッと振り向かれるがまた前を向いて絵を描いておられる。ぼくは取りつく島がないから、一時間ぐらいじっと黙って座ってました。そしたらようやく向きを変えて「なに?」と。そこで、「お願いがあって参りました」と言うと、「どこから来た?」で、「大阪から」と答えると、大阪の幼稚園の壁画を描いた話などされて、「絵か?」と。詳しいことは忘れましたが、正直に「こうこうこういう理由で先生の絵が頂きたいです」とぶつかって行ったら、なぜか気に入られたようで。「よし、分かった。どんな絵が要る?」ということになって、「中国の童の…」とお願いしました」
ということで、表紙を初山滋の絵で飾ってスタートした『中国読みもの』だったが、結局3号で廃刊になってしまったのだと。親会社が悪すぎたのだ。
「初山さんには悪いことをしてしまいました。会社が稿料を払ってくれなかったんです。3号までの表紙の原稿料全てを。今に直せば大変な金額ですよ。それを一切支払わなかった。ぼくの責任ではないんですが、ずっと後ろめたくてね。でも、そうなってからも関西に来られたらぼくにお電話を下さって、お会いしました。あれはたしか京都の高島屋で個展をなさった時でした。ぼくの長男がまだ幼いころです。「ちょっと待って」と言って近くの本屋に入って行き、ご自分の絵の絵本を買って来て「おぼっちゃんに」と持たせて下さいました。ぼくはお土産ひとつ持って行ってないのにね。いいお人柄の人でした。その後、お会いすることもなくなって行きましたが、亡くなられたことを聞いた時は、正直言ってなにかホッとしたものです。ずっと借りがあるような気がしていましたからね」

初山滋の絵本(文・木下順二)

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。喫茶店《輪》のマスター。