1月号
触媒のうた(59) ―宮崎修二朗翁の話をもとに―
出石アカル
題字・六車明峰
宮崎翁のお宅の庭にアザミがある。これが普通のアザミではなく、高さ一メートル以上にもなる大きなアザミだ。驚くわたしに、「それほど珍しいものではありませんが葉アザミです。多田智満子さんが植えて行きました。」
何種類かの外来種の苗を多田さんが植えて行かれたがみな枯れてしまって、残ったのはこれだけなのだと。
多田智満子(ちまこ)(1930年~2003年)詩人、随筆家、翻訳家、フランス文学者。読売文学賞、現代詩女流賞、現代詩花椿賞ほか受賞歴多数。
彼女は一般にはそれほど有名ではない。しかし数多くの著書を持ち、詩人、翻訳家としての評価は高く、その世界では著名だった人。残念ながらわたしは、同じ阪神間に住みながら言葉を交わす機会がなかった。お見かけしたのは、大阪のホテルで行われた杉山平一全詩集出版記念会会場での一度だけ。気品漂う姿が印象に残っている。
宮崎翁もおっしゃる。
「多くの人と積極的に交わる人ではなかったですね。新聞社に来られても、用件だけサッサと済ませて帰る人でした。スマートな人でしたがスケールの大きなことを考えておられましたね。少々のことでは驚かない女性でした」
後日翁をお訪ねした時のことだ。探しものをしておられた。
「あと、あなた探してみて下さい」とおっしゃる。
多田智満子さんの『世界樹』という樹木についての随筆集なのだと。わたしに読ませてやろうとのお心。
翁、この一月に滿94歳になられる。
「ちょっと動くと肩で息するようになってしまいました。弱くなったもんです」
大量の書籍の中を探して下さったのだが見つからなかったのだ。書斎の四面は下から天井までぎっしりと本が並んでいる。そして翁が、「この辺りに有るはずなんです」と指さされたのは、部屋の北側の一面。並んだ本の前にもびっしりと横積みされていて奥の本の背表紙が見えない。前のを一旦取り出さなくてはならない。これは94歳になられる翁には重労働だ。
ということでわたし、探してみました。しかし見つからない。
「うす緑色のB6なんですが。残念だなあ」
驚異的な記憶力をお持ちの翁だ。だからこんなことは珍しい。有ると言った場所には必ず有るはずだった。しかしやはり94歳、衰えられたのだろうかと思うと少々淋しかった。
仕方なく図書館でお借りすることにしてネット検索したのだが『世界樹』では出なかった。そこで「多田智満子」で検索してみた。しかしやはり出ない。が、たくさんの著書の中に『森の世界爺(せかいや)』というのがあった。タイトルは違うがこれだ!と思って図書館にネット予約した。
その本を手にした途端、わたしは「えっ!」と思った。見覚えがある。もしかしたら?
帰宅して、普段あまり入らない書庫へ行き、本棚を調べてみた。すると有った。同じ本がそこに有ったのだ。申しわけない気持が溢れて来た。翁の記憶力が衰えたなどと思ったわたしは恥ずかしさに全身真っ赤になる思いがした。衰えていたのは宮崎翁ではなくわたしの方だった。
そう、その本、『森の世界爺』はわたしが翁にお借りしていたのだった。もう何年にもなるのだろう。栞が挟んである。途中までしか読んでいないのだ。途中まで読んで、他の本に向かってしまって、ふたたびこの本に手が伸びなかったということだ。わたしは慌てて翁に電話してお詫びしたことだった。
さて『世界爺』である。因みに「世界爺(せかいや)」とは、樹齢三千年にもなる巨木、「セコイア」に当てた字である。
その中の「木の実をひろう」という項。
《「榧の実をひろいに行きませんか」
秋たけなわの或る休日の朝、芦屋にお住まいのM氏からお誘いがあった。》
と書き出されるその随筆。M氏とはもちろん宮崎翁のことである。
有馬温泉に近く、西宮の奥にある榧の巨木に会いに行く話が、ユーモアを交えて活き活きと描かれている。こんな場面がある。
《とにかくM氏は物識りである。そして物識りな老人の御多分にもれず教えるのが大好きである。榧の木は木質がよくて、碁盤にするのだなどと云いながら、実を幾粒か石の上にのせ、ゴリゴリと靴でこするように踏んだ。まわりの果皮がとれて中から長さ二~三センチの長細い殻が出てくる。(略)私も真似をして石の上に実をのせ、踏みつけて(略)》
ここには活き活きとした多田さんの姿があるが、彼女は2003年1月に72歳でお亡くなりになる。死期を知り、延命治療を拒否し、六甲山のふもとのホスピスで最期の日々を静かに過ごされたという。最晩年は散文を書く体力がなく俳句を楽しんでおられたと。
「ひょんの会」(詩人鈴木漠氏主宰、宮崎翁も同人の連句会)に入っておられ、連句集『虚心』には彼女の辞世の句が載っている。
草の背を乗り継ぐ風の行方かな 多田智満子
■出石アカル(いずし・あかる)
一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。