2012年
3月号

桂 吉弥の今も青春 【其の二十三】

カテゴリ:文化人

鴨なんばん一杯1800円というお話

先日東京に仕事で行き、夜の仕事だったので昼間に浅草に向かうことにする。
「落語家だからやっぱり浅草に行くんですか」とよく言われるが、半分当たっているような半分違うような気がする。
浅草の見番(芸者さんの事務所兼稽古場)の広間で自分の会をやっていることもあったから仕事で行ってる時もあった、浅草演芸ホールに知り合いの東京の落語家さんが出ているので遊びに行くということもある。しかし今の私の東京の落語会は半蔵門の国立演芸場か新宿南口の紀伊国屋サザンシアターでやっているから、浅草とは反対方向だ。全く方向違いだろうなと思っていて今地図で確認したらやはりそういう位置関係だった。「落語の仕事はやっぱり浅草であるんですよね」という意味では私には当てはまらない。
今回浅草に向かったのは帯を修理に出す為とついでに購入する為である。ちょっといい帯屋さんがあって、うちの師匠も好きだった。派手な帯ではなく献上帯と言われるオーソドックスな柄のものだが、幅がほんの少し狭くて気持ち良く締められる。もちろん値段もちょっといいのでなかなか購入出来ないのだがやっぱりいい。丁寧に仕事をしてるのでホツレてきた帯も修理してくれる。一本を修理に出して二本を購入して7万円でおつりという値段。
その帯屋のある通りを演芸ホールの方に進んで行くと襟屋があって、もちろんえりだけでなく和装小物や着物なんかも扱っているのだが、今回はそこで肌襦袢を買った。着物を着るときの下着だが欲しい形のものがそこにあると落語家仲間からの情報。別に人には見えないものだがちょっといい形なのだ。大阪では我々の欲しい感じのものがあまりない。普段身につけるものよりはちょっと洒落ていて、でも派手すぎない、そんな感じのもの。
芸人も多いし花街もあるし和服で仕事する人が多いからだろう落語家が欲しいものが浅草近辺にあるのだ。上野の紐屋とか向島の足袋屋とか・・・そういう意味では私は落語家だから浅草に向かう。当たってる。
お昼ご飯を食べようと並木薮蕎麦に。雷門から仲見世とは反対の方に進んで行くとある、私は初訪問。ここで鴨南蛮蕎麦を食べた。1800円という値段に初めは「おおっ!」と思ったが、せっかくだからと注文。やはり東京らしく濃い色のダシ。湯気の上がる丼の表面をうずめるように鴨肉が三枚と大きな肉団子が一つプカリと浮いている、そして白ネギの長めが五本ほど焼色が付いてトロトロっとしている。これらの具もダシも蕎麦も絶品だった。もちろん値段は高いからいい材料を使っているんだろうが、鴨肉をかぶった一口目から最後の汁の一滴まで至福の時間だった。 
お店の雰囲気も素敵だった。注文を取ったり蕎麦を運ぶおばちゃんが三人、お客からもよく見える厨房で働く職人が五人、大将のようなおじさん一人が帳面と算盤を前にして隅に座っている。私が鴨南蛮を頼むと「お座敷三番さん鴨南蛮いっちょう」とおばちゃんが一声、すると職人が全員で「鴨南蛮ありがとうございます」と。職人は休むことなく動く、きびきび働く。大将は店全体を見て、おばちゃんの声でお客の注文したものを帳面に書き、誰が今何を食べているかも分かっている、注文が後先になることも無い。会計はやはり大将からおばちゃんに指示が飛び、客の所まで取りに来てくれる。お客が一人入って来れば全員で「いらっしゃいませ」帰るときには「ありがとうございました」。
この味でこの店の雰囲気で1800円はまったく高くないと思った。鴨南蛮一杯にかける気合いとこだわりを私は感じた。
口には出さないけれど「俺はこれで正々堂々と商売してます」という店には、お金をちゃんと払いたい。そんな店が浅草辺りに何軒かあって、私はそこに惹かれているのだ。

KATSURA KICHIYA

桂 吉弥 かつら きちや
昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説
「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」
土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」
水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」
月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」
土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞

〈2012年3月号〉
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桂 吉弥の今も青春 【其の二十三】
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