8月号
デビュー作で直木賞候補 時代小説の新星!新作『人魚ノ肉』を語る 木下 昌輝氏 独占インタビュー
─前作『宇喜多の捨て嫁』は、デビュー作で直木賞最終候補という快挙でした。ご感想は。
木下 最初に聞いたときはちょっとびっくりしましたね。けれど、今は出版不況なので、ひそかに狙っていました(笑)。物語として面白いというのを、東野圭吾さんに言ってもらったのは嬉しかったですね。
─「もう一作みてみたい」という声もあったようで、今回の作品はずいぶん期待されていますね。
木下 『人魚ノ肉』の構想は直木賞候補に選ばれる前からありました。前作が宇喜多直家のことを書いたので、続編としてその息子の宇喜多秀家の話を書こうとも思ったのですが、読者の感想を見ていたら結構おどろおどろしい表現を気に入ってくれる人がいたのですよ。ですから「怖さ」を出した作品にしようかなと。そこで、新撰組とホラーを合わせてみました。新撰組は変な話が多いんですよ。作品にも書いていますけれど、介錯するのを失敗してから首が曲がってしまった人とか、左目が見えないのにその見えない側から攻められたらめちゃ強くて、見える方から攻められると弱いというわけのわからない浪士もいたりして(笑)。ホラーとの相性が良いのではないかと思ったのです。
─構想から物語に仕上げるまでにどのような苦労がありましたか。
木下 京都の文化を書くのが難しかったですね。もともと、新撰組を怪物に仕立てたら京都の文化を書けるのではないかと考えていたのです。京都の文化を普通に歴史小説に書いても面白くないんですよ。それをメインにしたら幕末のダイナミックな動きを書けないし。けれど、荒唐無稽なモンスターを入れたら面白く書けるのではないかと思って。
─モンスターというのは人魚のことですか。
木下 いえ、人魚の肉を食べたらみんなモンスターに変わってしまうという内容にしたんです。最初の話では坂本龍馬が人魚の肉を食べたという設定にしていますが、私の母親の出身も龍馬と同じ高知なんです。子どもの頃はよく高知の浜で魚や貝を獲って食べたりしていました。高知にはお遍路さんもよく来ますし、狗神様という変わった宗教もあるし、怖いし面白いところなんです。もしかしたら龍馬も子どもの頃魚や貝を食べていて、その中に人魚の肉があってもおかしくないのではと。また、高知にも八百比丘尼という不老不死の人魚の伝説があり、須崎という街に八百比丘尼の建てたという石塔が残っているんです。須崎は海援隊も船を着けているので、龍馬もその伝説は知っていたはずだし、接点があるのではと。
─新撰組ですので京都がメインだと思いますが、神戸や兵庫に関することは盛り込まれていますか。
木下 京都と兵庫は近いからか、浪士には兵庫県出身の人が多いですよね。「妖ノ眼」という短編は、先ほどお話しした片眼の浪士、平山五郎という人の話なんですけれど、彼は兵庫県、播磨の出身なんです。最後は故郷に帰ろうとするけれど…結末はぜひお読みください。あと「骸ノ切腹」で採り上げた河合耆三郎も兵庫県の人です。
─読者のみなさまにはどこに注目してもらいたいですか。
木下 今回も連作短編で、それぞれの話が繋がっています。まずは人魚の肉を食べた人がどういう怪物になるかというところですかね。あとは京都の文化を織り込んでいますので、そこもぜひ読んでほしいですね。
─『人魚ノ肉』の次の作品の構想はありますか。
木下 今書いているのは宮本武蔵の、敵から見た連作短編です。武蔵は兵庫県出身という説がありますね。あとは米沢彦八という上方落語の祖とよばれた人物の話を考えています。関西の文化を書いていけたらと思っています。
木下 昌輝(きのした まさき)
1974年生まれ、奈良県出身。2012年「宇喜多の捨て嫁」で第92回オール讀物新人賞受賞。2014年に受賞作に書き下ろしを加えた『宇喜多の捨て嫁』でデビュー、同作が第152回直木賞候補となる。高校生直木賞、歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。旅行ペンクラブ会員。