1月号
[対談]神戸の明るい未来をめざして
高橋 政代 さん
理化学研究所 多細胞システム形成研究センター(理研CDB)
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
久元 喜造 さん
神戸市長
着々と成長を続ける神戸医療産業都市。昨年はうれしいニュースが日本中、そして世界に向けて発信された。
明るい未来に向けて躍進する神戸。
今年の計画や今後への意気込みをお話しいただいた。
具体化された〝基礎研究から臨床研究への橋渡し〟
―昨年のビッグニュースはやはり高橋政代先生の世界初となるiPS細胞を用いた細胞移植手術成功ですね。
久元 そうですね。まさに欣喜雀躍!神戸医療産業都市の大きなコンセプトの一つ〝基礎研究から臨床研究への橋渡し〟が、目に見える形で具体化した、大変素晴らし成功です。また現時点では根本的治療法がないと言われる加齢黄斑変性の患者さんにとっても、うれしいニュースですね。高橋先生のiPS細胞を使った治療には大きな期待が寄せられています。
―神戸医療産業都市の取り組みは順調に進んでいますか。
久元 医療関連企業の集積は年々進み、平成26年11月末現在で283社です。医療産業都市はバイオクラスター、メディカルクラスター、シミュレーションクラスターという3つが複合し、相乗効果を発揮しようというコンセプトがあり、集積することによってより大きな効果が期待されています。内外から高く評価されているのではないでしょうか。実際に理化学研究所などと共同研究で連携やコラボレーションが行なわれているということで、新しい企業や研究所の進出がさらに進むと期待しています。「集積が集積を呼ぶ」と言っても過言ではない状況だと思います。
―手術成功での反響は大きかったですか。
高橋 日本国内では注目をいただいていましたので大きな反響があるだろうと予測はついていましたが、驚いたのは世界的にも大きなニュースになったことです。科学雑誌「ネイチャー」では、手術が行なわれた次月号で、特集記事を組んでいただきました。そこでは〝envy〟という単語を使い「日本の体制を、世界中の研究者が〝羨んでいる〟」という意味合いの掲載がありました。これはうれしかったですね。
―世界中が追随をねらっているということでしょうね。
高橋 もちろん熾烈な競争はあります。例えば、アメリカではES細胞を使った網膜治療の試みが進んでいます。そんな中、薬事法まで改正して、産官学一体となって再生医療を推進していこうとしている日本の体制が〝羨ましい〟という表現になったのでしょうね。
―ここに至るまでの経緯は。
高橋 2000年代初めにES細胞から網膜の細胞を作る方法を理化学研究所で開発しところからのスタートです。この研究結果から、実際に網膜の治療に使えることを証明して報告しました。海外の研究者たちも追随して来ていたとき、山中伸弥先生がiPS細胞作製に成功し、拒絶反応がない治療ができるということで、そこから安全性の検証の段階に入りました。ヒトに応用できる細胞を作るということは、動物実験とは全く違います。臨床に向けていろいろな方法を変えていき、さらに倫理委員会等たくさんの手続きに約1年。最終的に、最初のES細胞の研究から約15年かけて今回の移植手術に至りました。
―手術を受けた患者さんは。
高橋 70代女性の患者さんです。加齢黄斑変性初期の段階ですので眼球注射という良い治療法があり、これを両眼で18回試みたものの改善されず、今回、網膜再生治療を決心されました。
―術後の状態は。良く見えるようになるのですか。
高橋 手術は非常にうまくいき、術後の経過も順調です。残念ながら現在の研究段階では、一気に見え方が改善するという治療ではありません。視野の真ん中部分が少し明るくなったり、歪みがなくなったりという効果が期待できます。これをスタート地点として、たくさんの患者さんに良い治療ができるように開発を進めていきます。
―医療や創薬に関する企業や研究機関がご近所にあるメリットは。
高橋 理研CDB、病院、企業は常に連携が必要ですから、ご近所にあり連絡を密にとりやすいというのは大きなメリットです。今回の網膜再生治療で臨床をサポートしてくれたいくつかの企業は、このプロジェクトのために集まってくれています。神戸に受け入れの素地があったということによって、チームづくりが非常にうまくいったと思います。
―高橋先生はご夫婦でiPS細胞の研究をされていますが、ご主人の京大での研究も進んでいますか。
高橋 順調に進んでいるようです。パーキンソン病で臨床に持ち込める日も遠くないのではと思っています。
―ご夫婦そろってiPS細胞の研究。〝羨ましい〟ですね!
久元 高橋先生がご家庭でどういった会話をされているかは存じ上げませんが…(笑)。ご主人の高橋淳先生と協力し、時には切磋琢磨しながら、iPS細胞を用いた最先端の研究をされているということは、素晴らしいことだと思いますね。
3府県が足並みそろえて関西を盛り上げる
―昨年5月には、国家戦略特区に指定されました。兵庫県、京都府、大阪府が一体となった指定の意味は。
久元 オリンピック開催決定を契機に東京一極集中がますます進もうとしている中、医療産業に限らずどんな分野でも関西圏が一体となった取り組みは必要です。そういう意味でも、3府県が一緒に指定されたことは非常に良いことですね。神戸の医療産業都市はポートアイランドの中に3つのクラスターが集約され、まとまりがとれています。国家戦略特区をつくっていく上で、実質的には中心に想定する計画になると思っています。
―高橋先生も3府県という大きな枠での連携を想定さていますか。
高橋 3府県にはそれぞれ特徴があり、得意分野も少しずつ違っています。私自身は大阪生まれ、京大時代から京都に住み、今は神戸ですから、結び付けるには適役かな?と思っています。国家戦略特区については、3府県各分野のチームで合同シンポジウムなどを何度か実施し、お互いの良い点を認識し、協力できるところを確認し合っています。
―神戸には、(仮称)神戸アイセンターの計画もあるそうですね。
久元 目に関する基礎研究、臨床治療、再生医療に用いる細胞培養、ロービジョンケアなどを合体させ、全国的にみても他に類をみない、研究からリハビリに至るまでの複合的施設になる予定です。国家戦略特区として、出来れば国からの支援を受けながら平成27年度からスタートさせ、その後2年での開業を目指しています。この分野における高橋先生の長年にわたるご貢献があっての施設です。今後もぜひ全面的にご協力ただき、患者さんのためになる施設にしたいと考えています。
―いろいろな取り組みや、成果の一般市民向け周知にはどのような計画がありますか。
久元 研究の内容が非常に高度ですから、子どもたちを含め誰にでも理解していただけるような取り組みの努力が必要です。今までも医療産業都市の一般公開や「神戸医療産業総合ポータルサイト」の立ち上げなどでタイムリーに情報公開をしています。今後さらに若い人たちの理解を深めてもらおうと、中高生によるインタビュー企画や、市立中学の理科副読本での紹介などを考えています。また、春には「日本医学会総会」の一般公開展示が、神戸国際展示場で開催されます。この中で、神戸医療産業都市のPRブースを作り、現在行われている臨床研究などの内容を、ビジュアルで分かりやすく展示しようと計画中です。この機会に、神戸市民の皆さんにもぜひ見て理解を深めていただければと思っています。
医療産業都市の中核を担う理研CDB
―今後の理研CDBについて。
高橋 理研CDBは発生学の研究で世界的にみても非常にレベルが高く有名な存在です。また、ライフサイエンスと数学が融合した「システムバイオロジー」という全く新しい分野が生み出されています。全ての生命現象を定量化することができ、そこから新しい真理が見つかると予想されます。様々な研究室で若い研究者たちがラボヘッドとなり研究を進めています。今後は、その成果を外に向かって分かりやすく発信できるプロジェクトを、どんどん進めていけたらいいなと思っています。
久元 ポートアイランドという海上文化都市に研究機関、医療関連企業、専門病院が集積しているエリアは、日本ではここにしかなく、お互いに緊密に連携を取りながら直接コミュニケ―ションを交わしています。その中核的な位置にある理研CDBに、引き続き役割を果たしていただくことが非常に重要だと思っています。
高橋 地元からこんなに応援いただけるなんて、本当にありがたいことです。出来る限りご期待に沿えるよう、努めていきたいと思っています。
―そのほかにも、神戸の明るい未来の話題はありますか。
久元 2016年のサミット神戸開催をぜひ実現したいですね。中心的な会場は、まさに医療産業都市が展開されているポートアイランド内にあります。世界に向けてアピールしていく一つの契機にもなると考えています。サミット開催実現に向けては、兵庫県や神戸商工会議所をはじめ、関西広域連合や関西経済連合会など、広く関西圏で多くの皆さんのご尽力とご協力も得て、各地域が一致した取り組みを進めてくれています。その期待にも沿えるよう頑張らなくていけません。
―今後の研究について。
高橋 網膜にはいろいろな細胞がありますが、今回移植に成功したのはその中の一種類、網膜色素上皮細胞です。他の細胞についても研究を始め、病気に対する治療法開発につなげたいと思っています。さらに再生医療を進めるためには検査法が必要ですし、リハビリシステムを整える必要もあります。今後は、再生技術を単に研究で終わらせず、医療として完成させていくための取り組みを進めていきます。また長い道のりになるとは思います。しかし今回の15年の経験で、ある程度の段取りは修得しましたので今後10年を目処に次の成果につなげることができるのではないかと思っています。
―まさに神戸の明るい未来!期待しています。今年もよろしくお願いいたします。