11月号
街全体が歴史によって刻まれた 建築・住居学の実物大教科書
神戸山手大学現代社会学部
総合社会学科建築・インテリアフィールド
教授 田中 栄治 さん
神戸港開港後、住みやすい街として外国人に好まれた中央区の山手エリアは、今でもその環境は変わらない。その中心に位置する神戸山手大学で、建築や住環境を専門に教鞭をとる田中栄治さんにこのエリアの歴史や魅力をお聞きした。
外国人の住まいとして好まれ神戸文化が生まれた
―学園創立から90年を超える歴史のある神戸山手大学ですが、「コミュニティ立」とは。
田中 地域に住む人たちが自分たちの子どもの教育、特に女子教育を充実させようと寄付を募り設立されました。この経緯から、「コミュニティ立」と呼ぶべき大学です。この地域に限らず神戸には、開港後の新しくてより高い文化を求める人たちが多かったのでしょうね。
―田中先生が教える建築・インテリアフィールドとは。
田中 建築学というと、構造や設備など理系の計算が必要な分野だけだと思われていますが、それ以前に、意匠という分野があります。例えば、街並みに合う建物や、心地よいインテリアなどを考える上で、計算だけでは答えは出せない分野です。
―神戸港開港後、特にこの大学周辺は外国人の住まいとして好まれたそうですが、その理由は。
田中 外国人が住むエリアは居留地だけでは足りず、旧生田川から宇治川までの海と山に挟まれたエリアも指定されていました。ヨーロッパから来た人たちにとって海沿いの夏の蒸し暑さは厳しいものだったのでしょうね。山に近くて緑がある場所が爽やかで、少しでも暑さを和らげようと住むようになり、いろいろな国の人や文化が入り混じり、交流して神戸文化が形づくられました。北野異人館はよく知られていますが、実はこの辺りにも洋館がたくさんあったんですよ。諏訪山温泉が湧いたことで周辺が賑やかになったこともありますが、温泉街は戦災でなくなり、温泉も戦後に涸れてしまったようです。
キャンパスを一歩出れば街全体が実物大の教科書
―建築・インテリアでのフィールドワークには最適な環境ですね。
田中 大学の周辺に多様な文化や歴史があるエリアは日本中探してもなかなか他には無いと思います。建築やインテリアは実物を見て実感するものですから、学生を連れて相楽園を始めいろいろな場所に出かけ、建物だけでなく空間の演出の仕方などを説明しながら歩きます。建築の歴史や住居学の授業では、昔ながらの日本の住まいが現代の住まいに変わる過程で、西洋がどんなふうに取り入れられてきたかを、実物を見ながら説明しています。異人館を見てそのまま真似をした段階の建物から、椿原家住宅のような「和洋」を折衷した家へと移ります。両方を統一した日本の新しい住まいの形を模索し、議論しながら旧乾邸のような建物が生まれ、近代建築へとつながります。街全体が、実物大の教科書のようなものです。
歴史的建造物をリストアップして保存しよう
―歴史的建造物保存の活動もされておられますが、兵庫県ヘリテージマネージャーとは。
田中 阪神・淡路大震災以前から、学術的に価値がある建物に対する指定文化財制度がありましたが、例えば酒蔵なら最も状態が良いものが学術的に認められ指定されると、周辺の他の酒蔵は指定されません。そこで、街の人たちにとって価値があり愛されている建物を始めとする構造物で、街の景観上も価値があるものをリスト化する登録文化財制度が制定されました。その際、震災でたくさんの建物が壊れた経験を持つ兵庫県では、リストがあれば万が一の場合でも、補修して保存を可能にするなどの措置がとれると考えました。実は、震災で全壊認定を受けた酒蔵も、起こせばまだ使えるものもありました。昔の木造建築ですから傾くことで地震のエネルギーを吸収できるように建てられていたのです。登録に値する建物を見つけ出して、申請し、さらに活用を考えるために建築の知識を持った専門家を兵庫県が募りました。それがヘリテージマネージャーです。
―田中先生も登録されたのですね。
田中 私も歴史的建造物の保存には興味を持っていますので、兵庫県が実施する養成講習会で60時間の講習を全て受講し、兵庫県教育委員会文化財課にヘリテージマネージャーとして登録いただきました。このヘリテージマネージャーが集まって活動するひょうごヘリテージ機構の阪神地区に在籍し、芦屋図書館打出分室の登録申請用の図面作成、夙川の浦邸の登録資料作成をはじめ、イベントの企画などを行ってきました。
エリアの特徴を生かし住みたい住居を造る
―この周辺が今でも住環境としても適している理由は。
田中 眺望が良くて、冬は日当たりが良く、夏は山からの涼しい風が吹きます。外国人が好んだわけですね。何も特徴がない所に建物を造るのは難しいものですが、海と山があるという大きな特徴があり、そこに、どう住みたいかという方向性を考えながら建築していけば、とても快適な住居ができると思います。
―神戸山手大学からどんな人材が育ってほしいとお考えですか。
田中 幸い、文系大学の中にあり、いろいろな分野の先生方の講義を受けることができます。歴史や心理学、社会学など幅広い分野での知識を生かし、これからの住居や建築がどうあるべきかを総合的に考えられる人材として育っていってほしいと思っています。
―住むにも学ぶにも良い環境ですね。快適な住まいづくりに貢献する人材育成に期待しています。ありがとうございました。
田中 栄治(たなか えいじ)
神戸山手大学 現代社会学部
総合社会学科建築・インテリアフィールド 教授
1967年、大阪市生まれ。1991年、神戸大学大学院 工学研究科 修士課程修了。1991-99年、坂倉建築研究所大阪事務所。2000年、田中栄治建築設計事務所開設。2004年より、神戸山手大学現代社会学部准教授。2008年、t+a一級建築士事務所田中+青山開設。