10月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第七十七回
社会保障における政府の関わりについて
─日本の社会保障の財源は何ですか。
山本 大きく分けて税と保険です。そもそも税とは、法令の定めに基づき経済行為や財産に対して国や地方公共団体が国民や住民から金銭を徴収するもので、所得税や住民税、消費税や固定資産税などさまざまです。保険とはつまり社会保険のことで、健康保険、介護保険、雇用保険、年金保険、労災保険の5つの保険の総称です。保障制度ではありますが、国で強制的に加入するという面があり、一種の目的税という見方もできるでしょう。
─社会保障はなぜおこなわれているのでしょうか。
山本 生存権について触れている憲法第25条はご存じかと思いますが、その第2項で「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定されています。そもそも社会保障とは、最低生活の維持を目的として、国民所得の再分配機能を利用し、国家がすべての国民に最低水準を確保させる政策のことをいい、社会保険と公的扶助により国民一人ひとりへの生活を保障するもので、国民の生存権を保障し福祉国家の建設を希求するためには不可欠なのです。
─社会保障にはどれくらいの金額が使われていますか。
山本 社会保障給付費は2017年の予算ベースで約120兆円、対GDP比で21・8%の規模になり、財源は社会保険料と税でだいたい6:4の割合です(図1)。対GDPでの国民負担率を比較すると、日本は税と保険料の割合ではフランスやドイツと同様に中間型ですが、全体の負担率は約40%と自己責任型と言われているアメリカに次いで低い割合です(図2)。これらのことから日本は先進国の中で国民負担率が格段に高い訳ではなく、適正な個人負担で良質の医療を受けられていると思います。
─税と社会保険、それぞれの長所と課題を教えてください。
山本 税方式は福祉窓口の裁量が大きいため、予算全体の中からニーズの高い人に対して弾力的に対応できる一方、お役所仕事で対応が遅くなったり、首長等が介入して公正でなくなる危険性もはらんでいます。また、イギリスの例のように、利用者がサービス機関を自由に選択できず、自費によるサービス追加も困難などのデメリットがあります。ちなみに消費税は目的税ですが、あくまで税なので、すべてが目的に応じた社会保障に充てられたかどうかの把握が困難だと言われています。一方の保険方式ですが、保険料を納めてきた範囲の給付を受ける権利が各個人にあり、税方式と比べてサービス内容への規定が少なく利用者の自由度が高いため、負担の納得度は高いのですが、国の財政状況が悪化しても簡単に縮小することはできません。
─政府が積極的に関わる「大きな政府」か、民間に委ねる「小さな政府」かという議論がありますが、日本はどちらですか。
山本 日本の国家予算を対GDP比で欧米諸国と比較すると、大きくなく小さくなくという感じです(図3)。一方で予算が無駄遣いになっているのではという批判もありますが、例えば公務員の人件費で日本はOECD諸国の中で最低水準であるということなどから明らかに非効率的な使い方をしているとは言えないと思います。
─「大きな政府」と「小さな政府」それぞれのメリットとデメリットを教えてください。
山本 「大きな政府」は所得の再分配が大きいため低所得層にとって見返りが大きく、再分配された所得もやがて消費に回るので長期的に緩やかな経済発展が見込めるというメリットがあります。逆に財政赤字をもたらしやすいことと、税が重くなることで労働意欲の減退や高所得層の流失などのデメリットがあります。一方の「小さな政府」は税金や社会保障費の負担が低く、所得が多い人は納得できて意欲の高い人にはチャンスが多いという点が利点ですが、その裏返しに格差の拡大や福祉の切り捨てなど弱者に厳しく、そうなると人口の再生産が弱まり長期的には経済の停滞を招くといわれています。
─政府はどのように福祉に関わるべきなのでしょうか。
山本 例えばカール・マルクスは「正しい社会環境に置かれれば、人間は無私無欲の集産主義者になることができ、各人が能力に応じて働き、必要に応じて受け取る社会が実現される」と記しています。社会福祉が成り立つ論理的基盤を抜きにしては福祉への関りを議論することはできません。また、憲法25条には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障、及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」とあります。国を構成している我々ひとり一人が福祉に関心を寄せることで、自ずと政府がどのように福祉に関わるべきなのかが見えてくるのではないでしょうか。