1月号
兵庫県医師会会長インタビュー 大災害時には大型船舶を活用して医療・介護・福祉の支援活動を
被災経験を糧に災害に備えるその切り札は「船」
20年前の阪神・淡路大震災は、私たちにとって過酷な試練ではありましたが、その際に非常に貴重な経験も致しました。兵庫県医師会はあの当時の経験を踏まえ、様々な医療ニーズの中で対応できなかったことについて多方面から検討を加え、次の震災に備えて、有事の際に医師会としてどう対処すべきか、自ら被災した場合のみならず、他府県の被災に対する支援活動の準備などをおこなってきました。
そして2011年に東日本大震災が発生しました。阪神・淡路大震災を経験した私たちは、自分たちの経験から得られた災害支援ノウハウでかなりいろいろな援助ができるだろうと思っていたのですが、直下型地震と津波とでは全く状況が違うのですね。例えば被災した方々への仮設住宅の設置ですが、阪神・淡路大震災は、被災した地域でも整地すれば直ちに設営できましたが、東日本大震災ではまた津波が来る可能性があるために、すぐには用意できないのです。
医療の分野でも、発災直後に発生した病気が違いました。阪神・淡路大震災ではクラッシュシンドローム(圧挫症候群)や大きな外傷が多くみられましたが、東日本大震災では津波で海に投げ出された方々が、冷たい海水により低体温症に陥ったり、海水に混じった石油や汚泥を吸い込んでダメージを受けた肺胞に細菌感染をくりかえし、重症の肺炎を発症する患者さんが多発し、阪神・淡路大震災とは、急性期の医療ニーズは全く異なるものでした。
災害時医療は通常の救急医療とは違い、重症者は被災地外の地域にある医療機関へ搬送し治療することが最も重要です。水や電気等、社会的インフラが途絶した状況では、いくら優秀な医療スタッフや設備が存在していても、充分な医療を多くの人々に提供する事は不可能です。軽症者と全く動かせない患者さん以外は、被災地外へ運び出すのが大原則になります。
しかも、被災地では時間の経過により医療ニーズが変化し、超急性期から慢性期に到るさまざまなニーズに対応する必要が出てきます。限られた医療資源では、想定外の事態にも対応できません。
そこで私たちがまず思いついたのは、船で患者さんを運ぼうというアイデアです。ヘリコプターでは一度に搬送できる人数に限りがありますが、船では大量輸送が可能ですし、多くの医師やスタッフも確保できます。医療機器も生活物資も大量に搭載することもできます。
また、医療に必要な水や電気が確保できるのも、大きな強みです。特に水は医療を行う上で大量に必要です。被災地ではこのようなインフラが途絶してしまいますから、いくら医師がいて医薬品が備わっていても、十分な治療が困難なのです。
クラッシュシンドロームに必要な処置も可能になる
阪神・淡路大震災の時に多く発生したクラッシュシンドローム(圧挫症候群)は、対応を誤ると死に至ってしまいます。
クラッシュシンドロームは、体の一部分が長時間圧迫されることで発症致します。倒壊した建物や荷物などに脚などを挟まれて長時間筋肉が圧迫され続けると、その部分への血流が途絶え、筋肉細胞が死滅します。死滅した細胞からはミオグロビンとカリウムが放出され、その部分に大量に溜まります。その後、救出されて圧迫が解除されると、溜まっていたミオグロビンとカリウムが血液中に吸収され、全身に運ばれます。すると、ミオグロビンは腎臓毒として作用し腎不全を引き起こし、体内の老廃物を排出できなくなり尿毒症を発症します。さらに血液中のカリウム値が上昇することにより、心臓の筋肉が正常に収縮できなくなり、心停止をきたしてしまうのです。よって、体を圧迫している障害物を取り除いた後は速やかに透析を施行し、ミオグロビンとカリウムを体内から排除する必要がありますので、このような方々は透析を施しながら被災地外へ搬送しなければなりません。阪神・淡路大震災時、クラッシュシンドロームを被災地内の医療機関で治療した場合の死亡率は18・4%(36名死亡/198名の患者)、被災地外に搬送され治療を受けた方の死亡率は8.0%(14名/176名中)と、明らかに救命率の差が出ております。
しかも、阪神・淡路大震災の時には、クラッシュシンドロームという概念が一般的にはあまり知られていませんでした。救出直後に元気だったために軽傷とみなされて、透析などの処置を施さず、他に異常が出現しないか経過を観察する為に病院のベッドで安静にさせておいたら、数時間後に亡くなっていたというケースもありました。
船には水も電気も用意でき、透析の機械を設置することができます。ですからクラッシュシンドロームの手当が可能で、より多くの命を救うことができ、さらに慢性的な疾患や日常的に透析が必要な人にも対応できます。
災害弱者と呼ばれる方々を船に収容すれば災害関連死を防ぐことも
大型船は、大人数を収容することが可能です。ですから、災害時に船全体を避難所にすれば、災害時要援護者、つまり心身にハンディがある方、高齢者の一人暮らしや寝たきりの方、難病で治療を受けている方、精神疾患の方などへの対応も可能になります。このような方々は普段、社会とあまり接点を持っておりません。阪神・淡路大震災の時も、行政が災害時には援護を必要とする人たちを探し出しに動きだしたのは、震災発生の4日後でした。我々にはそのような苦い経験がありますから、災害時要援護者の安否確認が速やかに出来る体制が必要と発信し続けていたのですが、東日本大震災で石巻に救援に赴いた際も、やはり多くの災害時要援護者といわれる人たちが、声も出せないまま忘れ去られようとしている現実がありました。しかも、避難所となったのはやはり学校や公民館で、そこで長期間生活出来る様な備え等全く無いままの状態がくり返されておりました。
避難所は気温の調節もままならず、ストレスのかかる環境です。心身共に元気な人でさえ体調を崩し勝ちですが、持病のある人は症状が悪化したり、高齢者は肺炎等余病を併発したりして、中には避難所で亡くなった方も数多くいます。このような災害関連死と呼ばれる死者は、阪神・淡路大震災では約900名でしたが、東日本大震災では約3000名で、そのうち2週間以内に避難所で亡くなられた方が結構多かったのです。
災害弱者と呼ばれる方々の災害関連死をいかに予防するか。そのためには、適切な環境に収容して、通常の医療や介護を提供することが大切です。大型フェリーや客船に災害弱者と呼ばれる方々を収容すれば、適切な医療・介護ケアが可能になり、普段なら助けられる命が失われること(「避けられる死」)を防ぐことができるのです。
有事の際は民間船を借りて災害時福祉救護船に
船の確保について、はじめは神戸大学海事科学部が保有する航海訓練船「深江丸」(449トン)に、兵庫県透析医会の協力のもと、透析器を持ち込んで被災地からの患者の搬送にあたろうと、井上欣三先生(神戸大学名誉教授)を中心に兵庫県透析医会や兵庫県難病団体連絡評議会の方々が、実際に訓練を重ねてこられました。
災害時に船を使おうという発想は、阪神・淡路大震災の直後からあり、私が神戸市医師会会長の頃には、人口百万人以上の14大都市医師会と、各々災害時の相互支援協定を結び、有事の際はお互い支援することになったのですが、神戸市の場合は、深江丸で救助に行く航路まで具体的に検討していました。
しかし、せっかく船を利用するのであれば、もっと大型の船を用いて、船そのものを避難所にしてしまおうではないかと発想を転換し、井上欣三先生をチェアマンに、医師会のほか歯科医師会、薬剤師会、看護協会も参加して協議を重ね、災害時福祉救護船構想へと進化してゆきました。2013年にはフェリーさんふらわあの「さんふらわあぱーる」(11177トン)を借り切って「災害時医療支援船構想推進協議会」のキックオフミーティングをおこないました。
実は、我が国でも阪神・淡路大震災の頃から、病院船を造ろうという構想がありました。先進諸外国では、海軍に付随する病院船があり、医療スタッフも24時間体制で動いていますが、日本では自衛隊の護衛艦の中に手術室や治療用ベッドを備えることで、病院船の代用を行っております。本格的な病院船を1隻つくるのに何百億円という費用がかかるだけでなく、維持費も大変なので、病院船構想は頓挫しています。
一方、私たちの発想は、フェリーなど民間の大型船を借りるという計画で、維持費はかかりません。現実的には船主と協定を結ぶこととなり、有事の際にいかにスムーズに船を借りられるかが問題となりますが、地震や津波の際は港湾施設が使用できないなどで航路の運航が停止することが多く、その間に船を借りることは可能だと思われます。関東大震災の際にも、日本のみならず外国の民間の大型船が、救助活動に利用されたという実績もあります。
災害時医療支援船には、一般的な通常医療・介護の提供や、かかりつけ医としての役割を担うために、特別室などの広い個室に救護所を開設し、透析機器も積み込み、兵庫JMAT(日本医師会災害医療チーム)として共に行動する医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会のスタッフが、船内で宿泊しながら交代で勤務する予定です。
ちなみに、海上自衛隊には護衛艦が4隻ありますが、そのすべてに手術室や感染症の隔離室まで備えています。実際に護衛艦「ひゅうが」にも乗船してその内部の見学もさせて頂きましたが、それらの施設は立派なものです。災害時医療支援船の船内で、手術や複雑な医療処置が必要な患者が発生した場合は、ヘリコプターや深江丸のような小型船で護衛艦に運び込んで治療することも可能でしょう。
このように民間の大型船を有事の際に2~3か月ほど借り上げて対応すれば、被災患者の処置と運搬、介護医療支援のみならず、災害時要支援者の為の避難所として充分機能し、災害関連死を大幅に減らすことが可能であり、各種団体の協力も得られることが判明しました。これらの実施を国に強く働きかけていますが、国土交通省では大災害時の船舶利用検討会が開催されており、井上欣三先生が委員長として、その実現に向けて努力を重ねておられます。
日本は地震大国です。しかも近い将来、南海トラフ地震がかなり高い確率で発生すると予想されています。従って、直下型地震や津波に対する減災に向けての備えを、常日頃から怠ってはなりません。みんなの力を合わせて、大型船舶を通常医療・介護を併せて提供出来る福祉避難所となし、災害関連死を予防するというスキームを今のうちから整備しておくことで、いざという時に、迅速に対応することが可能になるでしょう。
兵庫県医師会は大震災被災経験医師会として、今後とも災害時医療について積極的に取り組んでいくだけではなく、さまざまな情報を発信していきたいと考えています。
川島 龍一(かわしま りゅういち)先生
兵庫県医師会会長
神戸大学医学部卒。甲南病院外科医長、神戸大学医学部講師などをへて1983年、神戸市東灘区に川島クリニックを開設。神戸市医師会会長などをへて、2010年から兵庫県医師会会長を務める