9月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」第179回
女性の年金の行方
─報道などで耳にする「年収の壁」は年金にもあるそうですね。
久野 年金制度では主に専業主婦など、会社員や公務員などの配偶者で一定の収入に達していない場合、被扶養者として社会保険料を支払う必要がありません。このような方を第3号被保険者といいます。ですが、従業員数50名を超える企業で週20時間以上勤務して年収が106万円を超えた場合、それ以外の条件で勤務して年収が130万円を超えた場合に第3号被保険者の要件を満たさなくなり、扶養から外れ社会保険料を負担することになり、手取り額が減ります。このような状態は潜在的な労働力を減少させ、少子高齢化が進む我が国において看過できない課題となっています。そこで、自民党と日本維新の会による連立政権合意において「第3号被保険者制度等の見直し」が協議事項として明記されました。
─第3号被保険者制度はいつ、なぜはじまったのでしょうか。
久野 国民皆年金がスタートした1961年当時、専業主婦は「任意加入」とされ、実際には多くの場合未加入で、離婚や死別により無年金や低年金となることが少なくなかったのです。また逆に、専業主婦が国民年金に40年間加入した場合、夫婦の年金額が現役時代の夫の収入を上回り得るという設計上の歪みもありました。そこで、1985年に年金制度が改正され、第3号被保険者制度が導入されました。その目的は被扶養配偶者、主に専業主婦など女性の無年金を防ぎ、年金権を個人として確立する点にありました。
─この改正では年金制度全体も変わったそうですね。
久野 はい。全国民共通の基礎年金制度が導入され、日本の公的年金は基礎年金と厚生年金の2階建て構造となり、第3号被保険者は基礎年金のみとされ、第3号の保険料は会社員や公務員などの第2号被保険者が加入する厚生年金等の拠出金で賄われました。その結果、同じ収入であれば、世帯類型にかかわらず1人あたりの年金受給額は同水準となりました。これは、配偶者の老後保障を組み込む世帯単位の制度といえます。
─この制度に何か問題はありましたか。
久野 基礎年金について、自営業者や非正規労働者などの第1号被保険者は保険料を負担するのに対し第3号は負担しないので、不公平な制度だという声がありました。また、この制度が制定された1985年は男女雇用機会均等法が成立した年で、そのタイミングで専業主婦の方が有利な制度ができたという矛盾も指摘されました。
─その後、女性の就業率は上昇していきましたね。
久野 はい。結果1995年に共働き世帯数が片働き世帯数を上回り、2022年にはその2.8倍となりました(図1)。また、第3号被保険者数は特に49歳以下で減少が著しく、総人口比ではすべての年齢層で割合が下がっています。このように社会構造が変化し、それまでの「世帯単位」の制度は時代に合わなくなってきたので、「個人単位」の制度へ移行する必要性が出てきたのです。

図1
─制度の見直しはいつからおこなわれましたか。
久野 2001年の「女性と年金検討会」をその起点に制度が見直されました。見直し案の一つは離婚時に婚姻期間の厚生年金納付分を分割する制度で、2004年改正で実現し、離婚後に妻も自分の年金として受給できるよう「給付の個人単位化」を進める一歩となりました。また、2015年の年金部会では、個人単位化や働き方への中立性の観点から「被用者保険の拡大による第3号被保険者制度の縮小」を目指し、就労している第3号被保険者を第2号被保険者へ移行させる方向で議論されました。この方向性は、現在も制度改革の中心に据えられています。一方で、第3号被保険者の就業形態区分は短時間労働者のほか、出産・育児・介護による一時的離職者、病気や障害、失業、学び直し等により就労していないケースもあります。したがって、一律廃止ではセーフティーネットとしての機能を損なってしまうことが懸念されます。また、仮に第3号被保険者制度が廃止され第1号へ移行すると、年間30万円前後の負担が生じることになります。
─昨年の年金制度改正ではどのような変化がありましたか。
久野 被用者保険の適用拡大が進められ、企業規模要件の段階的撤廃、非適用業種の解消、賃金要件の撤廃が段階的に進められる計画です(図2)。勤労者皆年金を徹底することで、第3号被保険者制度によるインセンティブの歪みの是正を目指し、第3号被保険者は年金と医療保険の両方で「負担なき給付」から「負担と給付の対応関係」へ転換されますが、これは制度財政の安定化に一定の効果をもたらすでしょう。

図2
─この方針の転換により、健康保険制度にはどのような影響が考えられますか。
久野 財政の安定化が見込まれる一方で、中小企業を対象にした協会けんぽは510億円の収支悪化が見込まれています。その要因は図3の通りで、長期的には財政悪化から保険料率の引き上げに結びつき、加入者の負担増を招く恐れがあります。また、市町村国保も長期的には、現役世代の労働者が被用者保険へ移行することで加入者の高齢化率や低所得者率が高まり、収支が悪化すると見込まれています。いずれ改善策が必要になるでしょう。

図3
─昨年の改正では、遺族年金制度も変わったそうですが。
久野 遺族年金はもともと配偶者を扶養する世帯単位の年金でしたが、改正後は遺された人自身の就労・自立を前提にした「一定期間の補償+個人の老齢年金」となり、実質的に個人単位化の流れに沿った改正となり、2028年4月から段階的に施行されます。一方で遺族年金は老齢年金と違い所得税・住民税ともに非課税なので不公平であるという点が課題です。
─今後、女性のための社会保障はどうあるべきなのでしょうか。
久野 女性を主たる対象として創設された第3号被保険者制度は、歴史的に重要な役割を果たしてきましたが、社会構造の変化に合わせた再設計を迫られています。就労可能な層と支援が必要な層を区別し、真に支援が必要な人を守りつつ、持続可能な社会保障制度であることが求められると思います。

兵庫県医師会 前医政研究委員会委員
ひさのクリニック院長
久野 文 先生












