1月号
ノースウッズに魅せられて Vol.06
静かなる森の巨人
気温はマイナス三十度。風はなく、鈍い色をした空から、細かな雪片が、ひらひらと音もなく舞い降りていた。
全身を厚い体毛に覆われたその巨体は、寒さに凍えることもなく、胸まで積もった雪に怯む様子もない。
ただ黙々と足を踏み出し、頭を左右に振って雪をかき分けながら、下に埋もれた枯れ草を食べ続けていた。
ある年の冬、ぼくはアルバータ州最北端にあるカナダ最大の国立公園を訪れていた。九州の面積よりも広いその地域は、ウッド・バッファロー国立公園と呼ばれ、名前の由来であるシンリンバイソンの生息地だ。
バイソンと聞けば、草原を群れで移動している姿を思い浮かべる人が多いだろう。ぼくも長年そうだったが、ノースウッズを旅するうち、それとは別の、森にすむシンリンバイソンという亜種が存在することを知った。
草原のバイソンよりも一回り大きく、オスの盛り上がった肩までの体高は2メートル。体重は1トンを超え、北アメリカ最大の陸上哺乳生物だ。
かつて北米大陸には、約6000万頭以上のバイソンが生息していた。しかし、ヨーロッパ人の入植が進むにつれ、乱獲と家畜を介した疫病により激減。1889年にはわずか1000頭に満たないほどで、絶滅の危機に瀕していた。
保護により個体数は増え続けているが、ほとんどは柵で囲われた中で暮らし、大草原を走り回る何万頭という姿は、すでに過去の伝説となってしまったようだ。
シンリンバイソンに限って言えばウッド・バッファロー国立公園に生息する約5000頭が、この地球上で野生の状態で暮らす、もっとも大きな群れとなっている。
2020年5月に新たに公開しました
写真家 大竹英洋 (神戸市在住)
北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、人と自然とのつながりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。2020年2月、これまでの撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』(クレヴィス)を刊行予定。