2018年
7月号
(実寸タテ11㎝ × ヨコ18㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から ㉖ 幻の詩集

カテゴリ:文化・芸術・音楽

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

 「喫茶・輪」がオープンしたのは昭和62年12月だった。もう30年を過ぎる。このほど床のピータイルの老朽化が進み張り替えることにした。ところが、事実上店の半分ほどはわたしの書斎と化している。そこには広いテーブルもあり、資料を広げたりするのに便利なのだ。本箱(といってもカラーボックスだが)もあっちこっちに4本もある。重い本を何度にも分けて別の場所に移動させた。本というものは、見かけ以上に重いものだということを、この度は思い知った。トシですね。
 床がきれいになり、邪魔ものがなくなると店内がスッキリとした。すると、元のような乱雑な書斎に戻すのがもったいなくなってしまった。
 四本の本箱を一か所に整列させた。そこにわたしが尊敬する足立巻一先生、杉山平一先生、宮崎修二朗翁の著書を並べた。
 その作業の過程で古い資料に触れ、つい読んでしまい時間を忘れることが度々あった。その中の、一枚の新聞切り抜きに心を奪われた。
 神戸新聞、読者文芸欄の選者特集。昭和59年9月29日のものである。34年前だ。紙はすっかり変色している。そのころの新聞は文字も小さかったんですね。まるで小さな虫が並んでいるようだ。眼鏡もなしによく読めていたものである。
 毎週掲載される読者の投稿欄だが、第5週に及ぶ時には、詩・短歌・川柳・俳句、それぞれの選者が、与えられたテーマで随想を書くことになっていて、それは今も続いている。
 我を忘れて読んだのは「投稿者への手紙」という課題で足立先生が「貴重な文化資料として」と題して書いておられる文章。もちろん、その当時に一度は読んでいるはずのものである。その一部。
《読者文芸の詩の選評を担当したのは昭和五十四年ですから、足かけ六年になります。その六年間、たくさんの詩を読み、選評を書いてきましたが、少なからぬ未知の友を得、そのことをありがたく思っています。》 「未知の友を得」とある。この時足立先生はすでに詩人・作家として著名な人であった。昭和50年には、本居宣長の一子で盲目の国学者、本居春庭の評伝『やちまた』で第20回芸術選奨文部大臣賞を受けておられる。そんな偉い人が、わたしども市井の投稿者のことを友と書いておられるのだ。また先生の没後に出版された『人の世やちまた』には先生自筆の年譜が付されていて、昭和54年の項には次のようにある。
《二月、神戸新聞読者文芸欄の選者となり、多くの知友を得る。》と。 先生の人を見る目は、誰に対してもまったく公平だった。それは本気だったことがわかる。
 随想のつづきである。
《わたしは送られてくる詩を、ただ詩としてだけ読んできたのではありません。その詩を通じてあらわれる作者の人柄や生活をも読み取り、さまざまな人生に触れたつもりです。そして、詩として表現は未熟であっても、そこにあらわれた真摯な人生には敬意を表し、一編でも多く掲載したいと思い続けました。しかし、紙幅には制限があり、いつも割愛するのにつらい思いをしました。それに一種の定連ができ、型にはまってきたことも否めません。しかし、わたしはそれを恐れません。同じ作者でもいい作品は毎月掲載していいと思いますし、そのため初めて投稿された人の作品でもすぐれたものを落としたことは一度もないつもりです。》

 さすがにご自身が苦労を重ねた人生であっただけに情がこもっている。そして、先生の決意のようなものが見える。中でも「初めて投稿された人の作品でもすぐれたものを落としたことは一度もない…」は印象的だ。実はわたしもそのようにして先生に拾われたのだった。いわば恩人であり、その証がここに書かれていると言ってもいい。
 初めて明かすが、後にお会いした時に先生はこう言ってくださった。「あなたが登場してきたときは鮮烈でしたなあ」と。その後わたしは、努力を怠り、先生の期待にお応えすることはできなかったのだが。
 随想の最後にこうある。
《8月18日付選評のなかに書いたことですが、わたしがすぐれた作品と思った詩を選び集め、詩華集を編集刊行したいと考えています。既成詩壇にない、新鮮で率直で活力のあふれた詩集となる自信があります。協力してください。》 これを読んでわたし、その切り抜きを探して読んだ。そこにはこうある。
《できれば詩華集を編みたい。しかも詩として遜色のない独特の詩集ができると信じる。みんなで考えてはどうだろうか。》 先生の自信にあふれる言葉である。残念ながら、先生はこれから一年を待たずしてお亡くなりになり、その詩集は実現しなかった。もし実現していたらどのようなものになっていたのだろうか。いまとなっては幻の詩集である。

 その当時の読者文芸欄の切り抜きをわたしは保存しており、新しく作った“足立巻一先生のコーナー”に置いておくことにしよう。 興味のある方、どうぞご来店ください。

(実寸タテ11㎝ × ヨコ18㎝)

■六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

■今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)ほか。

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