2018年
7月号
冨士碗

神戸空港から行くながさきの旅|日本遺産「日本磁器のふるさと 肥前」の陶郷をめぐる

カテゴリ:観光

原点回帰から羽ばたく

 九州はやきもの王国だが、特に大陸に近い肥前ひぜんでは茶の湯を好んだ秀吉が文禄・慶長の役の際に優秀な陶工たちを連れてきて彼らの技を導入し、しかも近隣の熊本、天草ではすぐれた天草陶石を産出し、燃料の松も豊富だったことから、江戸期以降は瀬戸美濃と並ぶ日本指折りの産地として発展した。全国各地で愛用されただけでなく、出島から海を渡りヨーロッパの王侯貴族をも虜にした。
 肥前の陶磁器はかつて、輸送手段が船の時代は伊万里、鉄道の時代は有田と、主に集散地のレッテルで流通していたが、近年では産地表記の厳格化や地域ブランドの向上などにより生産地ごと波佐見はさみ焼、三川内みかわち焼、有田焼などそれぞれ名乗っている。
 中でも波佐見、三川内、有田3つの産地は、ほぼ直径10㎞圏内の近さにあるが、背景もたどってきた歴史も異なる。まず領が違う。それぞれ山ひとつ隔てて波佐見は大村藩、三川内は平戸藩、有田は佐賀藩だ。江戸時代の藩は現代の県より政策の違いが大きいため全く別の背景を持ち、生産目的も異なり、それに応じて技法や用途も独自に発展したところがある。
 今でこそその差は小さくなっているが、それぞれの伝統をブランドに息づかせて進化している。現在では、産地ごとのブランディングにより原点や個性に立ち返ったことや、デザインやマーケティングなど新たな概念も導入し、さらなる発展を続けているという。
 今回は長崎県の産地、波佐見と三川内を訪ねた。

波佐見の新風

 波佐見焼は日用品を主なフィールドとして発展。呉須ごす(藍色の絵の具)の絵付けゆえ派手さこそないが、飽きのこないシンプルさと価格の安さに加え、丈夫で実用的なことから日本各地の家庭で愛用されてきた。「くらわんか」、つまり普段使いの器の産地として旺盛な需要に対応すべく、型の活用や巨大な登り窯、徹底した分業など大量生産の技術とスキームを進化させてきた歴史を持つ。
 中尾山の集落はかつて世界一の登り窯があったエリアで、路地探索も楽しい。ここでは現在も波佐見の伝統を受け継ぎつつ、その技術で新たな可能性の扉を開いている。一真陶苑では白磁そのものの美に立ち返り、繊細な削りの技術で多彩な器を創作している。
 絵付け、削りなどを施す前の素地をつくる形成工程もまた波佐見の技術の見どころ。磁土を水に溶いた泥漿でいしょうを石膏型に流し込むのが型職人だ。水分は吸収され刻一刻と固まっていくなか、型から取り出すちょうどよい頃合いを一点一点見極める。この繰り返しの作業の上に、一定の高い品質が生まれていく。これこそが匠の技だ。
 ライフスタイルが変われば器も変わる。若い人や移住者も多い波佐見ではデザインを重んじ、時代のハートを掴むような洒落た器を手がける窯元が多いが、波佐見の中心にある陶芸の館にはそんな地元の窯元の個性あふれる器が並び、その向かいにある世界の窯を展示した野外博物館も面白い。製陶所跡にモダンな波佐見焼のショップや素敵なカフェなどが集う「西の原」は、現代の感性と波佐見の風土が幸せに融合した注目のスポットだ。

三川内の継承

 佐世保市南東部に位置する三川内では、朝鮮半島の女性の陶工、高麗媼こうらいばばを始祖とし、江戸初期から窯業が営まれている。日用品が主だった波佐見とは対称的に、三川内では平戸藩の手厚い保護のもと御用窯として幕末には輸出用の美術品も手がけ、まさに日本のものづくりの象徴のごとくヨーロッパで珍重されてきた。そのため芸術性に重きをおいて技術に磨きをかけてきた。ゆえに往時の三川内の磁器は、鑑賞するという楽しみがある。三川内焼美術館では時代毎の傑作が集い、緻密な染付の文様、寸分違わぬ透かし彫り、細やかな龍の造形など、高度な技術と研ぎ澄まされたセンスに圧倒される。
 そんな細工の技は、現代も匠たちによって受け継がれている。平戸洸祥団右ヱ門窯は作品を皇室に納めた名門で、絵付けにしても加飾にしてもその細やかさに思わず息を呑むが、中でも磁土を先を鋭く尖らせた竹べらで刻み花弁を切り出していく菊花飾細工きっかしょくさいくは繊細でありながらやさしく可憐で、本物の菊と見まがうほどだ。
 三川内の染付そめつけは写実的で、特に唐子とよばれる中国の子どもの愛らしい絵は繁栄の象徴とされる伝統の柄だ。平戸嘉久正窯ではこの唐子や草木の柄を継承。三川内らしさを大切にした器は、伝統の中に秘められた美学が滲み出ている。
 波佐見、三川内ともに伝統とともに生きてきた町ゆえ、歴史的な見どころも多く散策も楽しい。また、やきもの体験なども可能。見る触れる、選ぶ買う、食べる歩く、体験する…ながさきの陶磁の郷は、まさに楽しさの「壺」だ。

カフェや雑貨屋などが並ぶ波佐見・西の原『南倉庫』

普段使いのシンプルなデザインも職人の丁寧な手作業を大切にしている

冨士碗

色染絆 スクエア皿

竹林 丸平皿

石垣彫 マグカップ

組み合わせて楽しめるスクエア皿

うねり彫 茶碗

静寂の中、作業は続く

平戸嘉久正窯。人気の酒杯  写真:大川裕弘

平戸洸祥団右ヱ門窯。菊花飾細工


長崎は神戸から意外に近い!

神戸空港から長崎空港へは
スカイマークが1日3往復運航
所要時間1時間5分~1時間20分

長崎空港から波佐見までは
バスで約1時間20分
(川棚バスセンターのりかえ)、レンタカーで約40分

長崎空港から三川内までは
バスで約1時間50分(早岐田子の浦のりかえ)、
レンタカーで約50分

お問い合わせ
長崎県大阪事務所 TEL.06-6341-0012

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

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