6月号
ウガンダにゴリラを訪ねて Vol.8
【Gorilla Tracking】②
文・中村 しのぶ
なかむらクリニック(小児科)
人間は自分の土地や家に野生動物が入ってくることを基本的に許しません。でもゴリラはそうではありません。領域を侵された当初はこれ以上近づくなという警告の威嚇をしますが、それ以上の実力行使はしません。勿論あの腕力(マイク・タイソン3人分だそうです)をもってしたら我々などひとたまりもありません。彼らと共通の祖先を持つ人間もこの東アフリカで誕生し当たり前のようにいろんな生き物と森で一緒に暮らしてきました。しかし、時には敵と思える、ちょっと悪さもする動物と共存出来ることを忘れてしまいました。まだ本当はそういう心も残っているのでしょうか?
ねぇ!?こんな話を聞いてゴリラへの知識が増えるにつれ、彼らに魅せられ虜になっていくでしょう?いよいよ今日、こんな魅力的な友人に会えるのです。
早朝の森は少し霧がかかっています。きっと彼らもこの森のどこかで寝床を抜け1日が始まったことでしょう。失われてゆく地球の自然ですが、私の人生がこの日に間に合って本当によかったと心から思いました。
集合場所の原っぱでゴリラに7m以内にこちらから近づいてはいけない、フラッシュをたいてはだめ、病気の人は入山できない、許可された場所以外での飲食はだめ、排便はどうしても我慢できなければ30㎝以上の穴を掘って埋めることなどを聞き8人ずつ9つのグループに分かれ、それぞれ訪ねる家族のメンバーの名前、そのメンバーの役割の説明のあと、さあ、出発です。
荷物はパスポートも財布もカメラも全てポーターに預けわが身だけをケア、ロッジで借りてきた杖をつき全身蚊よけの服装、登山靴に蟻よけのスパッツ、霧に煙る熱帯雨林の裾の茶畑のあぜ道を登っていきます。
道は徐々に険しくなり、と言ってもぬかるんだ六甲登山道に草や葉っぱを敷き詰めた程度ですが、濡れ落ち葉で滑ります。コンゴ側からのゲリラの攻撃に備え銃を持った兵隊が前後を固めてくれます。兵士、ガイド、トラッカー(ゴリラを探して藪を切り開いてくれる人)、そして私たち8人があたりの植物や村についてガイドの説明を聞きながら運が良ければ2時間悪ければ10時間のトラッキングです。途中ピグミーの部落のそばを通ります。
世界の不思議を紹介する百科事典に載っていて、子どもの頃にはいつか会えるなんて夢にも思っていなかった人たちです。ピグミーというのは背の小さないくつかの部族の総称で時には差別用語でもあるようです。人間に近いサルも食べることが他の部族から嫌われていることの一因らしいです。このBwindi地区のピグミーはトゥワ族で観光客にその暮らしやダンスを公開し、ピグミーをむしろセールスポイントとしています。狩猟民族ですが居住域が国立公園に指定されると狩猟は禁止され、その土地を追われ外国の援助で立てられた村に住まわされました。農耕の歴史が無いため作物を作る知識もなく土地を奪われ、代償の土地も与えられず非常に貧しい暮らしです。貧しさからか10歳以後成長が止まる(そのため背が低いということです)人種としての特徴か、平均寿命は20歳代だそうです。