2018年
6月号

ファンタジー・ディレクター 小山 進の考えたこと Vol.3

カテゴリ:スイーツ・パン, 経済人

「自由で良い」と教えてくれた人

子どもの頃、自分が面白いと思ったことを人に発表するのが大好きだった。なぜそれができたかというと、まわりの大人たちがみんな聴いてくれたからだ。僕がホットなニュースを見つけたとき、まずは母親に言いたいし褒めてもらいたかったから、走って家に帰ったが、母が居なかったときはがっくりしたものだ。でも町内を一周駆けずり回ったら「進ちゃん、なんかええ事あったんかいな?」と言ってくれる大人がたくさんいた。そうしたらその時点で発表できるから、たまらなく嬉しかった。
それはお菓子も一緒。感じて、創ったら、人に食べていただきたい。とにかく出来上がったら発表したいのだ。いまはリリースする日が決まっているのでその前に発表してしまうと広報のスタッフに怒られてしまうが、期日をフライングしても発表したい!人に伝えたい!それくらいの作品を創るようにしようといつも思っている。
僕は独立する前、神戸の洋菓子店『スイス菓子 ハイジ』で16年間働いたが、報告書を書かなかった日はない。なぜ毎日書いたかというと、書くこと満載の一日を送っていたからだ。気がついたこと、報告したいことがいっぱいあるから、スラスラ書けた。お菓子づくりで気がついたことばかりではなく、後輩や部下ができると、彼らのことも書いてあげないと僕が先輩や上司である意味がない。彼らのことを常に報告してあげられたら、上司や社長にもわかりやすいし、それで後輩や部下が僕以外の人間から褒められたらやる気も出るだろう。伝えることが多い毎日を送ること。僕たちの仕事はそういうことも大切なのだ。
『ハイジ』では僕の自由な感覚を、今は亡き前田昌宏社長が認め受けとめてくださった。『ハイジ』で僕は、自分が世の中で言う「非常識」だということに気付かされたが、前田社長もまた同じく常識破りという意味で「非常識」な人間だったと思う。非常識の一番分かり易い例えが社長の名刺だ。社長の名刺はチョコレートでつくった「チョコ名刺」だった。それは世の中での「非常識」に違いない。夏になると、溶けてスーツのポケットがベタベタになったので、パート・ド・フリュイ(ハードゼリー)の名刺に代わった。代わった時社長は子どものような笑顔で、僕にも「ええやろ」と自慢気に見せてくださった。そんな人だったから僕の「発表」にも理解があり、自分のやり方を修正する必要がなかった。
先輩たちは「常識」のある人たちが多く、僕の意見が受け入れてもらえないことも多くあった。ところが僕がいま『エスコヤマ』でやっていることは、社長以外の先輩たちに反対されたことばかりだったりする。事情があってやむなく『ハイジ』を辞めたけれど、その時に前田社長は「お前が大成功したら俺は間違えてなかったということやな」と言ってくださった。
僕は前田社長のビックリするような発想、『アンリ・シャルパンティエ』創業者の蟻田尚邦さん(故人)の天才的なクリエイティブディレクション能力、『ロック・フィールド』の岩田弘三社長の発想をビジネスにもっていくトータルバランスに憧れていた。『ハイジ』でそういうすごい人達を間近で見てきたことは、僕の大きな財産になっている。
19歳で入社し、21歳で垂水の星陵台の店長に抜擢されたけれど、その頃から「お前で失敗したら諦めがつく」と言ってくださっていた。そして「自由で良い。お前は間違えていない」と背中を押してくださった前田社長はいつも、「いつか小山と六甲の山奥でリンゴの木でも植えて店をやりたいな」とおっしゃっていた。六甲の山の向こうの三田にお店を構えてしまったけれど、前田社長のお墨付きを得た自由な感覚で、これからも世の「常識」を超えるお菓子を、子どもの頃のような純粋な気持ちで「発表」していこうと思う。

パティシエ ショコラティエ
小山 進

1964年京都生まれ。2003年兵庫県三田市に「パティシエ エス コヤマ」をオープン。「上質感のある普通味」を核にプロフェッショナルな味を展開し続けている。フランスの「C.C.C.」のコンクールでは、2011年の初出品以来、7年連続で最高位を獲得。2017年11月、開業14周年を迎えた日に、デコレーションケーキ専門店「夢先案内会社ファンタジー・ディレクター」をオープンした

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2018年6月号〉
かけがえのない生命(いのち)をジュエリーで表現 『ギメルの四季』Vol.9
輝く女性Ⅱ Vol.1 歌手・女優 西田ひかるさん
メルセデス・ベンツで旅するドイツ in KOBE Vol.11
ファンタジー・ディレクター 小山 進の考えたこと Vol.3
FARMSTAND Open !|地元の農家さんを応援したい だから、『毎週』か…
Natura♪ism Farm(ナチュラリズムファーム)| MARKET VEN…
なちゅらすFARM(なちゅらすふぁーむ)| MARKET VENDORS|FAR…
ローカルのハブとして|FARMSTAND
神戸のカクシボタン 第五十四回 湯気の向こうで輝く黄金色の具材 札幌ラーメン「み…
大阪・兵庫、地区同士で協力し、長期スパンの活動を|国際ロータリー
大阪財界人の誇りがここに 大阪倶楽部
三田と芦屋で新たなプロジェクト 住まいの美学を、次の時代へ 平尾工務店の創意と挑…
名建築から受け継ぐデザイン|平尾工務店
オーガニックハウスが未来へ 平尾工務店 三田モデルハウスⅡ
選ばれし地に新たなライトの伝説を 平尾工務店芦屋プロジェクト 分譲用モデルハウス…
音楽のあるまち♬9 旧居留地の一角で、世界最高峰のピアノと上質な音楽を
あなたらしさを、極める。|MAF|NIKKE 1896
レクサスと日本のモノづくり ②
第9代 神戸ウエディングクイーン大募集!
ベール・ド・フージェールの美しきアンティーク家具
中華料理とベトナム料理 鴻華園 下山手店|神戸の粋な店
メルセデス・ベンツ姫路 移転リニューアルオープン!
連載 神戸秘話 ⑱ 人間の善意への信頼 吉川幸次郎に学ぶ孔子の教え
設立60周年を迎えた甲南大学同窓会
ウガンダにゴリラを訪ねて Vol.8
㊎柴田音吉洋服店 150周年記念「super150」 地域への貢献のために新たな…
自然から享受した類い稀な住宅地「芦屋」
今も緑あふれる閑静な住宅街 “翠ヶ丘”
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第八十四回
harmony(はーもにぃ) Vol.4 ユーモアのセンス
神戸鉄人伝 第102回 日展会員(洋画家) 天野 富美男(あまの ふみお)さん
世界の民芸猫ざんまい 第一回
連載エッセイ/喫茶店の書斎から ㉕ 立雲狭の桜
いま長崎が面白い! 神戸空港から出かける佐世保 日本遺産「鎮守府」をめぐる旅
太閤秀吉と二つの「湯」|有馬歳時記