5月号
夢が現実に 新病院はホスピタル&パーク:兵庫県立こども病院
兵庫県立こども病院
名誉院長 丸尾 猛さん
平成27年度、ポートアイランド2期に兵庫県立こども病院が移転、開業する。コンセプトは「ホスピタル&パーク」。基本計画・設計の段階から携わってこられた丸尾名誉院長に、ここに至った経緯や新病院の概要、目指すところなどお聞きした。
―現在の病院が古くて手狭というのが移転の理由ですか。
丸尾 当院で人工呼吸器を付けたお子さんが常時45名ほどいます。人工呼吸器管理は本来ならばICU、NICU等で行われるべきなのですが、当院では20名以上が本館の一般病床にいながら人工呼吸器を付けています。一般の4人部屋に2台、時には3台が入っている状況です。そういう状況の中で、日本でも有数の実績を誇る高度専門医療をこれからも展開していくのでは、安心、安全を保証できないという思いを持ちました。更に、電子カルテ化の時代にもかかわらず、スタッフステーションに端末機を置くスペースすらありません。限界にきていると強く感じました。
―ここでの新築は難しかったのですか。
丸尾 当初はこの場所で現在の診療機能を妨げることなく新病院建設が可能か否かを検討しました。しかしそれは難しいということが判明し、移転地を検討することになりました。昨年2月にポートアイランド2期に決定し、病院延床面積は現在の2万7千平方メートルから、新病院では3万5千平方メートルに広がり、非常にありがたいことだと思っています。
―新たな診療科開設や最新の機器導入の予定もあるのですか。
丸尾 特別な診療科開設や画期的な機器導入は予定していません。延床面積が大幅に拡大しますので、現在の266床から当院許可病床数の290床に増やし、その中に在宅医療への移行を支援する17病床を新たにつくります。子どもさんがご家族の元に帰られると、とても元気になります。そこで、ワンルーム風のスペースも設定し、親子で日常生活を体験しながら、在宅での医療の要点を学んでいただきます。また、小児救急医療センターを10床から15床に増床、術後ICUも増床予定です。
―どのような立地になるのですか。
丸尾 ポートアイランド1期と2期の境目にあたり、南公園の東側、IKEA神戸の斜め前です。公園の池には鯉が泳ぎ、蝶やトンボが飛んでくる南公園ののどかな風景をほぼ全室から眺望できます。コンセプトを「ホスピタル&パーク」とし、公園との間には仕切りを設けません。また屋上庭園も造ります。子どもたちが自然を体感しながら治療できるという、市街地の病院ではなかなか叶えられない環境です。
近隣総合医療施設との協力・連携が強み
―ポーアイ2期には医療機関や研究機関が集まっています。連携が可能ということも好立地ですね。
丸尾 そうです。独立型こども病院の限界を感じています。当院は1970年、日本で二番目にできたこども病院です。その5年前に初めてできた国立小児病院は現在、総合型病院の国立大蔵病院とジョイントして「国立成育医療研究センター」として稼働しています。また、3つの小児系病院が統合された都立小児総合医療センターは、都立多摩総合医療センターとジョイントしました。5月には国立香川小児病院が国立善通寺病院とジョイントして「四国こどもとおとなの医療センター」としてオープンします。
―それも時代の流れということですか。
丸尾 医学の進歩とともに子どもたちの治療が高度なものになり、以前ならできなかった救命ができるようになりました。中でも先天性心疾患の患者さんは何度も手術し、フォローアップしながら大人になっていくケースが多く、子ども病院で担当の医師との長年の関係ができています。そういったキャリーオーバーの患者さんが増えてきていますが、大人が子ども病院に入院するのはご本人にとっても辛いことですし、急性期の子どもたちのスペースを確保できなくなってきます。総合型病院と隣接、場合によってはジョイントして医師同士が情報交換をしながら信頼関係をつくり、キャリーオーバーの患者さんの管理を委ねていく流れを作らなくてはいけません。
―既に協力関係は始まっているのですか。
丸尾 今年1月、神戸大学病院に開設された成人先天性心疾患外来では、当院で4カ月間キャリーオーバー患者さんについて学び、治療を経験された循環器科専門医を中心に、当院から週1回、小児循環器内科医が入り一緒に診療しています。キャリーオーバーの患者さんの行き先の選択肢が増えることで、ご本人とご家族により安心を提供できると思っています。ポーアイ2期に移転することによって、先天性心疾患に限らず、当院が厚労省から拠点病院として指定されている小児がん分野をはじめ様々な領域で、周辺の医療施設と医療スタッフの間で情報交換の輪を持って信頼関係を築いた上で、連携を更に進めることができると期待しているところです。
―中央市民病院との連携も予定していますか。
丸尾 中央市民病院との連携のあり方については2年前から現場レベルで協議の場を持っています。情報交換から始め、今年4月からは当院の小児科医1名が中央市民病院に入っています。実は当院医師135名のうち約20名が小児麻酔科医です。子どもの場合は、手術はもちろんですが、MRIなどの検査にも麻酔が必要です。子どもたちは、じっとしていられませんからね。例えば、近隣の中央市民病院救命救急医療センターや低侵襲がん医療センターなどで、当院ではできない治療を受けようとすると、当院から小児麻酔科医が患児に寄りそって隣接施設へ移動して初めて可能になります。
―妊婦さんにとってもこども病院は心強い存在ですね。
丸尾 妊婦さんの痛ましい事故が起きています。癒着胎盤で大量出血を起こし妊婦さんが亡くなられた事件がありました。そういった事態が起きても、隣接総合病院の救命救急センターで子宮動脈塞栓療法を受けた上で手術を行なえば大出血の心配なく出産できます。どんな状況の妊婦さんが来られても、救命救急センターがある隣接の中央市民病院で分娩を担当していただくと安心です。新生児については、1000グラム以下で生まれる超低出生体重児の治療実績と元気に育った実績で全国トップの当院が担当します。妊婦さんの救命リスクは中央市民病院が担い、胎児・新生児・小児の救命リスクはこども病院が担う補完的で互恵的な連携が力を発揮します。近隣医療施設との連携は、子どもはもちろん、妊婦さんという大人の命を救うためにも非常に心強いと考えています。
災害に強い病院を目指して
―スタッフにとっての職場環境も改善されますね。
丸尾 現在、266床に看護師約530名、医師135名がいますので、患者さん1人に対して看護師2人、患者さん2人に対して医師1人という手厚い医療を行っています。ぜひ当院で働きたいという看護師さんも多く、医師もここ5年間で各診療科のトップは一人も交代していません。43年前にできた手狭な施設ではありますが、スタッフ皆がプライドを持って診療に当たれる環境なのだと思っています。新病院でも体制は同じですが、職場環境としては更に改善されるでしょうね。
―患者さんは県外からも来られるのですか。
丸尾 全国の一次・二次医療施設の様々な診療科からのご紹介を受けています。今では入院患者さんの約18%は県外からの患者さんです。決して一部の診療科に偏った紹介ではなく、各診療科へまんべんなく紹介されて、県外から来られています。もちろん当院で対応が無理な症例では、他の医療機関に依頼をする場合もあります。2年ほど前、肝移植のケースでは国立成育医療研究センターにお願いしました。前日から2名の医師に迎えに来ていただき、途中に静岡で給油しながらヘリでセンターまで飛び、無事に手術は成功しました。それぞれの持ち味を生かした広域での連携が、医療の世界でも求められる時代ではないでしょうか。
―津波の心配も一部で言われていますが、対策は万全ですか。
丸尾 ポーアイ1期と2期の境目の道路面より約4メートルの高いレベルが新病院の1階部分にあたります。標高約9メートルに位置しますから、南海トラフでマグニチュード9の地震が発生したという想定でも浸水しない立地です。阪神・淡路大震災時にポーアイ2期で液状化現象は起きていませんが、地盤強化は盤石なものにする予定です。免震構造で対応し、非常電源は最上階に設置するなど、災害に強い病院を計画しています。
―これからの工程は。
丸尾 今年夏に工事着工、2年ほどの工事期間を経て平成27年度内のオープンを目指しています。4月に就任した長嶋達也院長を中心に安全で安心な病院づくりに努めてくれると思っています。
―期待が大きいですね。
丸尾 そうです。子どもたちに光が当たらない社会に未来はありません。それをご理解いただき、当初の予定よりも2年前倒しして計画を進めていただいた兵庫県の英断に心から感謝しております。
―名誉院長として今後も新病院スタートに向けてご尽力ください。
本日はありがとうございました。
丸尾 猛(まるお たけし)
兵庫県立こども病院 名誉院長
1969年、神戸大学医学部卒業。1977年から3年間、米国ロックフェラー大学留学。1991年から21年間、米国Population Council国際共同研究員。1996年、神戸大学医学部産科婦人科学教授。2002年、神戸大学医学研究国際交流センター長。2007年、第59回日本産科婦人科学会学術集会長。2008年、神戸大学定年退任、兵庫県立こども病院長。2009年、FIGO(国際産婦人科連合)Vice President(3年間)。2013年から、兵庫県立こども病院名誉院長。