6月号
未来のパティシエを育てたい 〜一般社団法人兵庫県洋菓子協会新会長に聞く〜
一般社団法人兵庫県洋菓子協会会長
有限会社ボック 代表取締役社長
福原 敏晃 さん
5月17日、一般社団法人兵庫県洋菓子協会の新会長に神戸洋藝菓子ボックサンの福原敏晃さんが就任した。70年という協会の歴史継承と今後のチャレンジについてお聞きした。
日本で最も長い歴史をもつ洋菓子協会を受け継いで
―新会長としての抱負をお聞かせください。
福原 一般社団法人兵庫県洋菓子協会は日本の洋菓子協会の中でも最も古く、今年70周年を迎えます。営業社会員143店舗、賛助会員92社、会員数1110名が加入し、東京に次ぎ日本で二番目に大きな洋菓子協会です。比屋根毅前会長をはじめ、歴代会長が残された実績と功績を継承しながら、新任の若手理事の方たちも活躍できる協会にしていきたいと考えています。
―70周年記念行事の予定はありますか。
福原 記念式典ができればいいなと思っていますが、今後皆さんとご相談しながら計画を進めていく予定です。
―70年前、洋菓子協会設立の経緯は?
福原 戦後の混乱期に洋菓子業者の利益を守るために兵庫県洋菓子協同組合として発足しました。物のない時代で困難を極めながらも、3年後には洋菓子の技術指導を目的に本格的な活動を始めました。
―日本初の洋菓子協会として神戸に設立された背景は?
福原 神戸は港町ですから洋菓子が早い時期に伝わってきたことはもちろん、海外からゴンチャロフさん、モロゾフさん、ビゴさんなど多くの職人さんが来られて、お菓子やパンを広めてこられたという神戸ならではの文化も背景にあるでしょうね。
―洋菓子協会の主な活動は?
福原 年明けには知事、市長をお迎えして名刺交換会、春の「洋菓子フェスタin Kobe」、神戸まつりへの参加、技術専門校入校式に始まり、技術講習会や経営セミナー開催など年間通じていろいろな活動をしています。中でもジャパンケーキショー東京、西日本洋菓子コンテスト、クリスマスケーキコンテストへの参加は大きなイベントです。技能グランプリ&フェスタや、近年は神戸マラソンで約2万のランナーにお菓子をお配りするということも行なっています。
―技術専門校も長い歴史がありますね。
福原 昭和46年に開校し、職業訓練法に基づく事業内共同職業訓練を目的に技術指導を行っています。現在の校長は「レーブ ドゥ シェフ」の佐野靖夫さんで、講師は一流の洋菓子職人ばかりです。ところが残念なことに年々、生徒数は減ってきています。
―とても良い活動だと思うのですが、何故でしょうか。
福原 私も講師を務めていたのですが、華やかな技術には興味をもって一生懸命に取り組んでもらえるのですが、地味な作業にはなかなか身が入らないのは致し方ないことなのでしょうね。企業や店側も、費用を負担して夕方から学校へ通わせるという余裕がもてないという事情もあると思います。
―福原会長ご自身は大学卒業後、ボックサンに入り、何年も同じ地味な作業を続けたとお聞きしましたが。
福原 焼き菓子の生地を毎日、毎日焼き続けていました。それがいろいろな生地を考案する基礎になっていますし、ひとつ秀でた技術をもつことで自信がつきました。平成8年に神戸マイスターを頂けたのですから、ありがたかったですね。
尊敬する先輩方の教えを胸に
―25年間、協会の活動に携わってこられたそうですが、中でも印象に残る先輩の教えは?
福原 たくさんの先輩方に貴重な教えをいただきました。お一人は、震災当時に会長を務めておられた、「ユーハイムコンフェクト」の西正興さんです。とても会員を大切にされる方で、震災直後で車も無いにもかかわらず、真っ暗な中を歩いて安否を確認して回られました。当時専務理事をさせて頂いていた私も一緒に回らせて頂きました。西会長は「歩く会長」と呼ばれ、私もそのお人柄を大変尊敬しています。
そして、比屋根毅前会長です。総会や新年会など、間違えのないように周到な準備をされる様子をずっと見て、学ばせていただきました。技術者育成のためのコンテストにも力を入れてこられました。兵庫県からの参加者に受賞者が多いのも、比屋根前会長の技術継承と人材育成の大きな功績のひとつだと思います。海外研修制度を導入し、若い技術者たちを育ててこられました。エーデルワイスが技術提携をするベルギーのヴィタメール社での研修では自社だけでなく、他店の若い子たちにもチャンスを与えてくださいました。ボックサンからも若い社員が1カ月間、研修を受けさせて頂きました。洋菓子界活性化に大きな功績を残し、最も貢献された方だと思います。14年間、会長を務めてこられましたが、後進たちに頑張ってもらいたいという思いで道を譲られたのでしょうね。私はまだまだ続けて頂きたいと思っていたのですが…。
洋菓子界活性化のためにチャレンジ精神をもち続けたい
―現在の洋菓子業界の状況は?
福原 景気に左右されやすくなっていると思います。現状は、バター不足に加え、材料費が値上がりし、消費税も上がり、逆風です。私たちは気持ちを込めて手づくりしていますから、機械で作るのとは違って時間も手間もかかります。しかし、労働条件は改善していかなくてはならない時代です。お客さまの目も厳しくなってきましたから、販売員のスキルも上げなくてはいけません。難しい時代ですが、「何とか乗り切っていきましょう」と洋菓子協会でも話し合っています。
―新会長として今後の展望をお聞かせください。
福原 私はもっと協会の裾野を広げていきたいと思っています。これを機会に若返りを図ろうと、「ナチュール・シロモト」の城本智和さんには副会長、理事には私の弟で「リッチフィールド」の福原光男さんほか、「パティシエ エス コヤマ」の小山進さん、「L’AVENUE」の平井茂雄さん、「元町ケーキ」の大西達也さんをはじめ9名の若手に理事に加わっていただきました。なかなかこれだけの人材が揃った協会はありませんからね。ますますの活性化に努めようと頑張っています。例えば、小山さん、平井さん、大西さんなど一流の有名パティシエさんには、セミナーや洋菓子講習会などを開催していただいて、協会に入っていない方には無償で参加いただくようにしたいと思っています。一般社団法人兵庫県洋菓子協会に入ったら、世界的な有名パティシエからいろいろな情報を聞いたり、技術を学んだりできるというふうにできたらいいですね。
―若い技術者育成についてはどうお考えですか。
福原 私は「パティシエは人に夢と感動を与える職業」だと思っています。働いて報酬を貰って、自分の時間もたくさん欲しいという若い子が多いですね。心を込めてお菓子を作って、喜んでもらう、感動してもらうという気持ちが入っていない。これでは中身が空っぽ、良くないことです。技術向上もさることながら、気持ちの部分から始めていきたいと思っています。
―福原さんご自身と「ボックサン」の今後については?
福原 これからもチャレンジ精神をもち続けます。私の父親が創業した「ボックサン」、私が創業した「みかげ山手ロール」など、現在8店舗で展開していますが、まだまだ別ブランドの展開も考えていきたいし、今は海外にも目を向けています。タイ、香港、シンガポールなどから引き合いがあります。冷凍技術が進み、国産の純生クリームを使ったお菓子をもっていくことも可能になりそうです。2020年には東京オリンピックが開催されますが、東京でも神戸のブランド力には強みがあります。いろいろなところにビジネスチャンスはたくさんあると思っています。