8月号

ひょうご神戸まちかど学だより|「日本人と仏教文化」講演会 有馬 摂津山光明院 念佛寺
有馬温泉の名刹、摂津山光明院 念佛寺が所有する「木造阿弥陀如来立像」「絹本著色仏涅槃図」が、本年4月に神戸市の有形文化財に指定されたことを記念して、去る6月28日に県立兵庫津ミュージアム名誉館長・園田学園大学名誉教授の田辺眞人先生による講演会が開催された。演題は「日本人と仏教文化」。
時は紀元前500年ごろ。サンスクリット語で、Sakya族の王子が何不自由なく安楽の生活を送っていたが、現実には多くの人々が老いや病気などに苦しむ生活を送っていることを知り、自分もそのようになるのではないかと急に怖くなり悩み始める。出家して厳しい修行を積むがいっこうに不安が拭えない。「とうとうフラフラになって菩提樹の下で休んでいると、ふっと気づきます。どんなものでも永久に存在するものはない、それが諸行無常です」
どんな人でも生まれて病気になり弱って死ぬ。世の中は生老病死が車輪のように繰り返されていく。つまり快楽も苦難も意味がなく、悩んだり苦しむことは手に入らないものを手に入れようとするからで、大切なことは中庸中道で正しい生き方だ。つまり涅槃(nirvana)の境地に至った。このように真実を認識した人をBuddha(シルクロードを通って中国に伝わると中国ではその音を漢字で仏陀と記した)という。そのような人の話を聞くと、真実(如)が来たようなので「如来」と訳した。この仏陀の教えが仏教。
また、Sakya族の王子で仏陀になったので釈迦如来と表した。「さらに、如来に加え、修行中の存在を菩薩、人々の願いを叶える存在が明王、ヒンズーの神々を仏教に吸収して天と呼び、信仰の対象にしていきました」。
当初、釈迦の教えは人生訓的だったが、時をへて願望祈願に変質していく。紀元前330年頃には、アレクサンドロスがギリシャからインドに侵攻し、神を人間の姿の彫像にしていることに影響され、仏像が誕生する。
釈迦が悟りを開いた紀元前5世紀頃から約500年をかけて1世紀ごろに、仏教は中国に伝わり、さらに500年をかけて日本へ。
日本では崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏が争うが、崇仏派が優勢となり、律令国家が成立すると、鎮護国家の思想が形成される。さらに平安初期に、政治と宗教を改革する必要が生じ、その担い手の代表格が最澄と空海。「最澄は比叡山、空海は高野山での修業を勧めるようになって、初めてお寺が山に入っていくようになります」
平安中後期には、各地で反乱が起こり、貴族たちは政争に明け暮れ、また末法が実感されると、民衆は来世での極楽浄土を願い、阿弥陀如来にすがるようになる。空也や教信による念仏が始まり、鎌倉時代の法然によってそれは浄土宗として体系化されてゆく。「法然上人はできるだけ多く南無阿弥陀仏を唱える、浄土真宗の親鸞聖人は1回でいいので真心を込めて唱える、時宗の一遍上人は唱えるだけで極楽に行けると説きました。日蓮上人は南無妙法蓮華経と法華経のタイトルを唱えることを説きます。栄西や道元は瞑想する禅を勧めました。こうして中世に仏に近づく容易な方法に専念することが説かれ、仏教は民衆に広がっていきます」
この日、念佛寺の庭園では沙羅双樹の花が美しく咲いていて、来場者は仏教の講話に熱心に耳を傾けた。

仏教のはじまりから日本への伝来と普及を分かりやすく講演する田辺眞人先生

念佛寺の吉瀬文隆ご住職

念佛寺の沙羅双樹も花盛り。
まさに諸行無常の世界

熱心に耳を傾ける参加者たち。講演時間約90分があっと間に過ぎた
兵庫県阪神シニアカレッジ
オープンキャンパス&文学歴史サロン
8月29日(土)
11:00~ 自由見学・カレッジ紹介
13:30~ 講演「阪神間、秀吉・秀長時代の阪急神戸沿線の城塞」 講師:田辺眞人
講談:太閤記から「賤ケ岳合戦」 講談:旭堂一海
参加費:講演講談で1,000円(当日受付で)
キャンパス見学・入学相談は無料
お問い合わせ・お申し込みはTEL.0797-26-8001阪神シニアカレッジ(宝塚市役所南隣)
阪急逆瀬川駅から徒歩10分・阪急バス市役所前すぐ
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