7月号
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~ (75)前編
水木しげる
悲劇も喜劇に変えて……神戸で始まる漫画家人生秘話
神戸で〝生まれ変わった名前〟
近年も劇場版が公開されるなど普遍の人気を誇る漫画『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家、水木しげる(1922~2015年)の人気は亡くなって11年が過ぎた今も健在だ。彼が遺した功績は国内にとどまらず、海外にも浸透している。昨年2025年には〝漫画のアカデミー賞〟と呼ばれる米国の権威ある「アイズナー賞」で殿堂入りを果たした。
〝水木と神戸〟には、実はかなり深いかかわりがある。
水木の本名は武良茂(むらしげる)という。〝水木しげる〟の名は、漫画家として世界中で知れわたっているペンネームである。
では、なぜ、水木しげるとなったのか?
そこに神戸が深くかかわっているのだ。
〝神戸で生まれ変わった〟作家といえば、すぐに思い浮かぶのが、この連載でも紹介した小泉八雲。彼が日本へ帰化し、小泉八雲と名乗る前の本名はラフカディオ・ハーン。
3月末まで放送され話題を呼んだNHK連続テレビ小説『ばけばけ』で女優、高石あかりが演じたヒロインのトキは、八雲の妻、セツがモデルだ。
ハーンはギリシャで生まれ、アイルランドで育ち、米国へわたった後、新聞社へ就職。ジャーナリストとなった彼は、日本へやってくるが、来日早々、新聞社との契約を破棄し、島根県松江市で英語教師となる。
ドラマでは描かれていなかったが、島根、熊本で英語教師として勤務した後、彼は大家族を引き連れて神戸へと移り住む。英語教師を辞めて、神戸で英字新聞「神戸クロニカル」の記者として働くことになるのだ。
神戸では約2年間暮らし、このとき帰化の手続きをとる。そして、45歳にして、神戸で〝日本人、小泉八雲〟は誕生した。
当時、外国人が日本に帰化するためのハードルは今以上に高く、その手続きは煩雑で、長い時間がかかっている。
この困難な手続きをクリアするために尽力したのが、後に兵庫県知事となる服部一三だ。
兵庫ゆかりの人物が、影で支えながら尽力し、神戸でハーンが八雲となり、後に、『怪談』 を遺し、今、改めて八雲の功績が評価されているという事実を知ることは感慨深い。
地獄を笑い飛ばせ
後に〝水木しげる〟となる武良茂は、1922年、大阪市で生まれ、幼少時代を鳥取県境港市で過ごす。
地元の高等小学校を卒業した後、画家を目指して、大阪で働きながら絵画の勉強をしていたところへ召集令状が届く。
第二次世界大戦が激化する1943年、ニューギニア戦線へ。彼が向かったのは最激戦地のひとつ、ラバウルだった。
鳥取の連隊で新兵教育を受けているときのこと。人事係の曹長からこう声をかけられた。
《「あ、お前な、南と北とどっちが好きや」
変なことをきく。
「はっ、南であります。自分は生まれつき寒いのが大きらいでありまして……」
「ごちゃごちゃいわんでええ。南が好きなんやは、南が」》
なぜ、水木がラバウルへ着任することになったのか。その理由を、自伝『ほんまにオレはアホやろか』(講談社文庫)のなかで本人はこう解釈し、明かしている。
《翌日、上等兵が呼びに来た。
「何ですか」
「南方の第一線に行かされるらしいぞ」
「えっ」
南洋のラバウル行きとなったのだ。南の島へはつくまでに沈(しず)められる。うまくついたとしても、玉砕(ぎょくさい)という全滅死(ぜんめつし)。いずれにしても、海のもくずと消えても惜(お)しくない兵隊としてぼくが選ばれたのらしい》と。
水木が赴いたガダルカナルでは、彼がここで語っているように日本軍はほぼ全滅。生還できた日本兵は少なかった。
ラバウルに到着した当時の様子を水木はこう記している。
《ぼくたちの後の船団も、その後の後の船団も全部沈没させられたのだ。
そして、それ以後、ラバウルに船団が派遣(はけん)されることはなかった。
つまり、ぼくたちは、ラバウルに派遣された最後の兵隊だったのである》
こうして奇跡的に辿り着いた過酷な戦場で、水木は敵の爆撃を受けて、左手を失う。
そして終戦。
水木は復員船となった駆逐艦『雪風』に乗り南洋の地から日本へと命からがら帰還する。
左手を失った息子を前に将来を案じる母。
《しかし、ぼくは南方ボケとでもいおうか、万事(ばんじ)に鷹揚(おうよう)になっていて、世の中が明るく見えてしかたがない。そこへもってきて、やや変人の気味のある父が、「しげるは前から横着者(おうちゃくもの)で、両手をつかうところでも片手でやってきたから、今さら片手になってもこまらんじゃろう」
などとオカシなことをいう。ぼくも、ついのんきになってしまうのだ》
漫画と同様、水木の文章は独創的で次第に〝水木ワールド〟に魅了され引き込まれていく。
人生ドン底の悲劇さえ笑い飛ばし、喜劇に変えてしまう。戦争で片手を失っても好きな絵を描き続け、世界が認める漫画家となった水木の生き様は「今が地獄」と思っても決してあきらめるなと鼓舞してくれる。人生は理不尽で辛いことばかりだが、悲観するな。何とかなる…と。
そして神戸で彼の人生は大きく変わる。 =続く。
(戸津井康之)












