7月号
ウガンダにゴリラを訪ねて Vol.9
【Gorilla Tracking】③
文・中村 しのぶ
なかむらクリニック(小児科)
トラッカーがまるく纏められた草の固まりを指し、「昨夜のゴリラの寝床です!」、しばらくすると人間のものより一回り大きい糞を見て「今朝起きたときの便です!」、そろそろ近いのかなぁ、とドキドキです…。
ピグミーの部落を過ぎ約2時間、先頭のトラッカーが登山道を外れてバッサバッサと崖に茂った蔓を切りながら急斜面を藪の中に入って行きます。彼の数メートル後ろを私も続きます。
突然右の藪の中からガサガサと音がします…… あっ、いた!いた!すぐそこ2mのところに2頭のゴリラ!数歩登ると仰向けにゴロンと寝転んで片足を持ちあげている大きめの1頭のゴリラを中心に子どもゴリラが4頭、2-3mのところに団子になって遊んだり、周りを駆け回ったり、この中心にいるゴリラが出発前に説明を受けたこの家族のベビーシッターのようです。
別の数頭は草を食べたり木登りしたり、私たちの存在は無視してそのままにふるまっています。蔓を引っ張って葉を口に運び、何か気になったのかあれっ?と、その葉を目の前にもっていき、まじまじと観察しているのもいます。チンパンジーなどに比べ地上での動きは比較的ゆっくりですが、木の上り下りはするすると素早く枝の上に立って胸を叩くドラミングをしている子もいます。彼らの周りにはゴリラの糞に産卵する小さなハエが靄のようにたくさん飛んでいます。そんなことは気にも留めていないように見えながらも時々体のあちこちをボリボリ掻いています。その指の黒くて太いこと!この堅い皮膚の掌が以前は欧米で灰皿として人気があり、その目的のためだけにたくさんのゴリラが殺されました。少し離れたところの核ボスのシルバーバックは私たちには関心が無いのか背中を向けてじっとただ座っています。ふと見ると大きなレンズで写真撮影に夢中の夫のふともものズボンを赤ちゃんゴリラがわし掴み。兵士が後ろから夫を引っ張ってくれました。この群れの最年少のこの赤ちゃんゴリラは3歳ですが、次に高校生の孫と参加のカナダの婦人に近づきます。そして今度は斜面に座っている私のもとへ登って来ました。兵士やガイドが口々に「下がれ下がれ」と繰り返すのですが、ぬかるんだ斜面で片手にビデオカメラを持ちしゃがんでいる私は滑ってなかなか後ろに下がれません。もがいていたおかげでゴリラの手が私のふくらはぎに到達!
その瞬間、赤ちゃんゴリラの電流は私の全身を貫き私は人間社会の向こう側、自然界、そして宇宙へ繋がったのを感じました。とうとう兵士たちに両脇を抱えられ引きずりあげられてしまい、‘えっ?なんで行っちゃうの’遊んでくれないの?と訴える赤ちゃんゴリラ。一瞬置いて「まぁいいか」という感じで、家族のもとに走り去り、おしくら饅頭している仲間の上にジャーンプ!ベビーシッターゴリラはお帰り、と優しくその背に手を回します。人間と接することで人からの伝染病にかかる危険が増すので、基本的にこちらからは近づくことが許されないなかでのこの僥倖――あの子にもう一度会いたい、という思いは日ごとに募っていきます。
こんな愛おしいゴリラの赤ちゃんですが5歳までの死亡率は27%、そのうち37%は子殺しによります。核ボスが死亡した時に外から新しいボスが来た場合子育て中のメスに早く自分の子を産ませるために子殺しがあるようです。この子はちゃんと育つことができるのでしょうか?また昔に比べ改善されたとは言え動物園の檻に彼らを閉じ込めている現状、物言わぬ彼らの人格に思いを馳せ罪と痛みを感じます。
(次回へ続く)